目的 : 当院では乳腺・甲状腺・唾液腺・リンパ節などの穿刺吸引細胞診 (FNAC) および膵などの超音波内視鏡下穿刺吸引生検 (EUS-FNAB) において, エタノール湿固定後に簡易ギムザ染色を用いてオンサイト迅速細胞診 (ROSE) を実施している. 今回, その有用性について検討した.
方法 : FNAC, EUS-FNAB の ROSE 検体に対し, 湿固定簡易ギムザ染色で採取材料の適否を判定後, エタノールで再固定とともに脱色し, パパニコロウ染色で再染色した. 湿固定簡易ギムザ染色とパパニコロウ再染色時の細胞像の比較を行った.
成績 : 湿固定簡易ギムザ染色は, ギムザ染色の特性を利用して多くの情報を得ることができた. また, 湿固定簡易ギムザ染色標本は, パパニコロウ再染色が行えることから, 見慣れた染色で同じ細胞をスクリーニング・再観察ができた.
結論 : 湿固定簡易ギムザ染色の細胞像は, パパニコロウ再染色時の細胞像との間に違和感がなく, ギムザ染色の特性を含め多くの情報を得ることができることから, ROSE に際して有用と考えられた. また検体採取時にすみやかに固定液に浸漬するため, 感染防止効果が高いものと考える.
背景 : 乳頭状腎細胞癌 (papillary renal cell carcinoma : PRCC) は, 細胞の異型性から type 1 と type 2 に分類される. 腎細胞癌の腫瘍細胞が体腔液や術後に形成された空洞に貯留した液中 (術後空洞貯留液) に出現する頻度は低い. 今回, 腎摘後の術後空洞に再発し, 術後空洞貯留液細胞診で陽性を示した PRCC (type 2) を経験したので細胞像を中心に報告する.
症例 : 50 歳代, 男性. 透析歴約 8 年. 経過観察中の放射線画像で, 右腎腫瘍を認めた. 腎細胞癌が疑われ, 腹腔鏡下腎摘除術が施行された. 病理診断は PRCC (type 2) であった. 術後約 1 ヵ月, 腹膜播種と腰椎転移が疑われ, 腎摘後の術後空洞貯留液が, 細胞診断のため提出された. 標本では, 炎症性背景中に, 円柱状から類円形, 核偏在性, 核形不整, 核小体肥大, ライトグリーン好性細胞質を有する異型細胞の集塊を認めた. 細胞判定は陽性 (positive) であった. 体腔液中に出現した場合であれば, 腺癌や悪性中皮腫を疑う形態であったが, 臨床経過から PRCC の再発を推定した. セルブロック法による免疫細胞化学では, CK7, PAX8 陽性, AMACR, CK20 陰性であった. AMACR 陰性は PRCC として非定型的だが, 以上より腎細胞癌の再発を推定した.
結論 : 術後空洞貯留液中に乳頭状異型細胞がみられた場合, 一般的な鑑別である腺癌, 悪性中皮腫とともに, 臨床像を考慮し, 蓋然性の高い組織型の推定が肝要である.
穿刺吸引細胞診は簡便, 正確, 迅速で, 経済的な診断法であり, 甲状腺結節の診断に広く用いられている. しかし, その高い診断精度を得るためには, 穿刺医は十分にトレーニングを受け, 豊富な経験を積んでいる必要がある. 穿刺法や塗抹法に関して今までに記載されてきた内容は画一的で, 実際の現場では臓器, 病変, 穿刺物の性状や量により適宜最適な方法で臨機応変に行わなければならないため十分とはいえない. 穿刺法や塗抹法の向上には, 豊富な経験と知識, そして, 細胞診標本の観察から得られた情報のフィードバックによる穿刺技術の反省が必須である. 筆者は年間 3000 結節の甲状腺穿刺吸引を行っている細胞診専門医であり, その経験をもとに確立した穿刺法と塗抹法の集大成がこの論文に記載されている. この総説が少しでも多くの細胞専門医がみずから穿刺するきっかけになれば幸いである.
甲状腺領域での細胞診は, 質的診断の精度が針生検組織診と同様であることから確定診断として用いられることが多い. 甲状腺領域の liquid-based cytology (LBC) は, 採取細胞量の回収率が高く, 検体不適正率が減少することが最大の利点である. LBC 検体からの免疫染色により診断精度が向上し再検査の回避や, 遺伝子検査を行うことでより治療に直結した診断が行える.
乳頭癌には多くの細胞学的特徴があることから, その細胞診における診断精度は極めて高い. 一方, 乳頭癌には多くの亜型があり, それらを正確に推定することは容易ではない. 本総説では, 乳頭癌亜型の定義, 臨床的特徴, 細胞所見, 鑑別診断などを概説している. 細胞診で乳頭癌亜型を推測する意義は, ①予後不良あるいは侵襲性の高い乳頭癌亜型を推定することが治療や予後の指標となる, ②篩型乳頭癌を推定することは治療方針の決定に極めて重要である, ③亜型の細胞像に精通することにより, より幅広い鑑別診断が行えるようになる, の三つである. 一方, 濾胞腺腫, NIFTP, 被包型濾胞型乳頭癌の鑑別は難しいが, 臨床的対応に差がないことから, それらの鑑別に執着する意義はない. 乳頭癌には多くの亜型があることを認識し, 非定型的な細胞像を示す乳頭癌症例に遭遇した場合は, まず亜型の可能性を考える姿勢が重要である.
濾胞上皮由来甲状腺癌は, 予後良好な微小型乳頭癌から極めて侵襲性の高い未分化癌に至るまで, 腫瘍の分化と悪性度は広範囲にわたる. この甲状腺癌の発癌とプログレッションの過程には, 段階的な遺伝子異常の蓄積とエピジェネティクス異常が関与している. RET/PTC 遺伝子再構成や BRAF 変異による MAPK 経路の持続活性化は甲状腺発癌の初期イベントと考えられ, TP53 変異や TERT プロモーター変異は高分化癌から未分化癌に至る後期イベントと推定されている. 甲状腺癌の腫瘍発生とプログレッションに関与する分子異常が明らかとなる中で, 分子生物学的プロファイリングに基づいた甲状腺癌の診断, リスク分類が注目されるようになっている. 本稿では濾胞上皮由来甲状腺腫瘍におけるがんゲノム異常の最新の知見, 遺伝子検査導入の展望について解説する.
甲状腺細胞診報告様式としてはベセスダシステムが国際的に用いられているが, わが国の甲状腺腫瘍診療にとっては必ずしもすべてを容認できる内容ではない. 特に現行のベセスダシステムは, 米国の医療事情を色濃く反映した WHO 甲状腺腫瘍組織分類の考えをそのまま踏襲している. すなわち, 米国では細胞診で悪性と判定されると, 標準的治療として甲状腺全摘と追加として放射線療法がすすめられる. この中には過剰手術症例が含まれているとされ, それを避けるために WHO 分類に新たに境界病変が設けられた. ところが, わが国では過剰治療は問題になっていない. さらに, 細胞診では境界病変の判定は困難である. このような医療事情を背景にして 「甲状腺癌取扱い規約」 第 8 版 (2019 年) では WHO 分類の境界病変は採用されなかった. それに連動してベセスダシステムの説明内容も, 境界病変に関する事項は同様に扱われることになった. 国際的に広く流布しているというだけの理由で盲目的にベセスダシステムの記載を受け入れるのではなく, わが国の医療の実情にはどれが最もふさわしいかという観点からの考慮は重要である.