目的:日本の「細胞診断技術」は世界に誇れる高水準の診断技術であるが,その一方では病理・細胞診業務の拡大によって「細胞を診る」以外の能力が細胞検査士に求められているのも事実である.また,細胞診断技術の向上/維持も,基礎学問からの細胞診断への応用も学術研究なしでは成立しえないものであり,今後は細胞検査士として学術研究能力を研鑽することも重要になる.細胞検査士による学術研究を活性化するためには,学術研究に対しての細胞検査士の意識や現状を把握すること,および今後の課題を抽出することが肝要である.
方法:本調査では,資格取得から年数が 15 年以内の全国の細胞検査士を対象にした学術研究に対する意識調査を実施した.
成績:多くの細胞検査士が学術研究に対して好意的に捉えており,学術研究への意欲があることが明らかとなった.
結論:現状では多くの細胞検査士が医療施設における臨床検査技師および細胞検査士としての職務・責任とのバランスの取り方に葛藤しており,学術研究を活性化するためには必要な知識や技術の提供だけでなく研究環境を整備する必要がある.
背景:非浸潤性小葉癌(LCIS)が細胞診検体に出現することはまれで,その細胞像はほとんど認識されていない.今回われわれは,穿刺吸引細胞診検体が採取された LCIS の 1 例を経験したので報告する.
症例:40 歳代,女性.右乳腺 EB 領域の 15 mm 大の結節性病変を自覚した.穿刺吸引細胞診では,重積性あるいはシート状集塊,孤在性の上皮細胞が多数出現していた.核は均一な類円形で核小体は小型であった.細胞質内小腺腔が少数認められ,一部の集塊に筋上皮細胞を伴っていた.敷石状の平面的集塊では細胞間に空隙がみられ,結合性低下を示唆する所見と考えられた.右乳腺部分切除術が行われた.組織学的には,筋上皮細胞で覆われ拡張した乳管,小葉内に結合性に乏しい腫瘍細胞が増殖していた.免疫染色にて E-cadherin 発現は消失しており,florid LCIS と診断された.
結論:本例の細胞診検体ではシート状あるいは重積性の集塊を作って腫瘍細胞が多数出現しており,孤立散在性あるいは線状配列にて出現する通常の ILC とは異なっていた.乳管癌との鑑別は困難であるが,細胞集塊の中の細胞間の空隙は着目すべき所見の一つである可能性がある.
背景:耳下腺分泌癌は,遠隔転移はまれであることから,進行癌で発見される例は少ない.
症例:60 歳代半ば,男性.CT 検査で,左耳下部に 40 mm 大の腫瘤に加え,右臓側胸膜に 14 mm 大の腫瘤と右胸水貯留を認めたため,肺癌の頸部リンパ節転移が疑われた.左頸部穿刺吸引細胞診では,核溝や軽度の大小不同を示す腫瘍細胞がシート状や一部乳頭状に認められた.細胞質は比較的豊富で,しばしば空胞化がみられた.Giemsa 染色で異染性を示す分泌物が観察され,耳下腺分泌癌が疑われた.左頸部腫瘤生検の免疫染色では,腫瘍細胞は S-100 蛋白にびまん性に陽性,Mammaglobin に一部陽性を示した.FISH 法においてETV6/NTRK3それぞれの分離シグナルを検出したため,分泌癌と診断された.右胸水貯留に対してセルブロックの作製を行い,免疫染色の結果が左頸部腫瘤生検とおおむね同様の染色態度であったため,耳下腺分泌癌の胸膜転移と診断された.
結論:臨床診断にとらわれずに細胞像から耳下腺分泌癌の可能性を指摘した.それに基づき,臨床医,病理医,および細胞検査士による協議のもと,診断から治療まで比較的円滑に進めることができた.
背景:原発性体腔液リンパ腫(PEL)は,主に免疫不全の患者に発生するまれな B 細胞性リンパ腫である.一方,本邦で報告されている多くは,免疫不全のない HHV-8 陰性の体腔液貯留を有する高齢者であり,PEL 様リンパ腫(PEL-like lymphoma)と呼ばれていた.最近 PEL 様リンパ腫は PEL とは独立して fluid overload-associated large B cell lymphoma(FO-LBCL)と名付けられた.今回 FO-LBCL の 2 例を経験したので報告する.
症例:症例 1:70 歳代,男性.心不全の増悪で入院し,多量の心囊水を認めた以外は,画像的に腫瘤性病変を認めなかった.症例 2:70 歳代,男性.肺癌術後経過観察していたところ胸水貯留.全身検索にて肺癌の再発やその他の病変はみられなかった.細胞像は,いずれも豊富な弱塩基性細胞質で,強い核異型と高度の多形性を示していた.多分葉核の大型細胞も混在していた.セルブロック標本での免疫組織化学的検査にて,腫瘍細胞は B 細胞表面抗原は陽性,HHV-8 と EBER-ISH は陰性であり,FO-LBCL の診断に至った.
結論:体腔液中に悪性リンパ腫を疑う細胞を認めた場合,他部位に生じた二次的浸潤のほか,PEL や FO-LBCL の可能性を含めた精査が必要である.確定診断には免疫染色や遺伝子検索が必須である.
背景:胎児型横紋筋肉腫(embryonal rhabdomyosarcoma:ERMS)はあらゆる部位に発生するが,頭頸部や泌尿生殖器に多い.今回,傍精巣に発生した ERMS の 1 例を経験したので報告する.
症例:20 歳代,男性.右陰囊の腫大があり前医を受診され,精査目的で当院へ紹介された.MRI にて右精巣に 58×103×159 mm 大の腫瘤を認めた.その後,右高位精巣摘除術が施行された.術後捺印細胞診では,裸核状や楕円形の腫瘍細胞が不規則重積性のある集塊で出現しており,核腫大と大小不同,核形不整を認めた.また,一部にヘビ状でライト緑好染の腫瘍細胞が出現しており,細胞質に横紋を認めた.組織診では,N/C 比の高い腫瘍細胞や空胞状の細胞質を有する腫瘍細胞が不規則な増生を示していた.また,好酸性細胞質を有する細胞を認めた.免疫組織化学的検索も加え ERMS と診断された.
結論:横紋筋肉腫(rhabdomyosarcoma:RMS)は,細胞診にて細胞質に横紋を認めることは少なく,通常は免疫染色や遺伝子解析などから確定診断となることが多いが本例では横紋を認めたことで,RMS の推定ができた貴重な症例を経験した.