後天性中耳真珠腫の成因にはretraction theoryとimmigration theoryの二つの学説がある。当教室では従来より臨床的な観察からretractiontheoryを支持してきたが,佐野らは実験的にもこれを証明した。彼は家兎の耳管鼓室口を閉塞して4週から5週間飼育し,retractioncholesteatomaを作製した。しかしその発生率は低かった。
今回,同様の方法で飼育期間を延長した。その目的は,retraction cholesteatomaの長期予後の観察と再現性の向上にあった。
家兎の耳管鼓室口を自家筋肉片で閉塞し,処置後4週から20週飼育し観察した。28耳中,鼓膜穿孔のあるもの10耳,穿孔のないもの18耳であった。穿孔例はすべて化膿性中耳炎であったが穿孔縁からの表皮侵入はなかった。無穿孔18耳は鼓膜所見より三つのタイプに分類された。即ち,
Type I:無変化2耳
Type II:弛緩部陥凹12耳
Type IIa:retraction with effusion 9耳
Type IIb:retraction without effusion 3耳
Type III:その他4耳
弛緩部突出2耳
正常位置で肥厚2耳
Type Iは滲出性中耳炎の治癒した状態,Type IIaは滲出性中耳炎状態,Type IIbは滲出性中耳炎の後遺症,Type IIIは陰圧のない中耳炎状態と考える。Type IIaの鼓膜弛緩部は飼育期間にかかわらず,種々の程度に陥凹し,上鼓室に貯留液のあるものは肥厚した。その内12週飼育の1耳に弛緩部鼓膜内真珠腫を形成した。しかしretraction cholesteatomaの再現性を向上させることはできなかった。その理由は飼育期間を延長したことによると考える。処置後長期間を経過すると耳管が再開通して陰圧が解除され,中耳の炎症が軽症化してしまうと考えられる。また,一旦形成されたretraction cholesteatomaも長期間経過すると家兎の解剖学的特徴により,中鼓室に陥凹していくため穿孔をきたし化膿性中耳炎に移行してしまうと考え。従って,実験的retraction cholesteatomaの再現性を高めるためには処置後4週から5週以内に強い陰圧を作るエ夫が必要であると考える。
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