ヒト側頭骨組織標本で組織解剖を学ぶことは耳科学の基本である。 肉眼解剖に加え, 組織解剖の知識を得ることで, 安全かつ成績のよい耳科手術が初めて可能となる。 側頭骨組織標本の作製には, 多大な時間と労力, 費用が必要であり, 国内に現存する標本は極めて貴重である。
側頭骨組織標本には水平断と垂直断がある。 水平断はツチ・キヌタ関節や顔面神経迷路部から乳突部までの全長にわたって, また蝸牛や前半規管, 後半規管, 前庭の球形嚢班, 蝸牛窓, 前庭水管, 内リンパ嚢などの観察に適する。 一方, 垂直断では耳管咽頭口から耳管鼓室口までの耳管全体, 蝸牛, 顔面神経迷路部から鼓室部, 鼓膜張筋腱, 前半規管および外側半規管の膨大部, 卵形嚢斑, 蝸牛窓などの観察に適する。
現在, ヒト側頭骨組織病理について, 新しい標本を採取するなどアクティブな研究機関は世界的にも大変少なくなっている。 しかし近年, 免疫組織学的手法や分子生物学的手法を用いた新たな解析が出現し, 長く保存された組織標本から病態についての新たな知見が得られる可能性が高まっている。
診療参加型臨床実習とは, 医学生が医療チームの一員として主体性をもって診療に関わり一定の役割を果たしながら学びを深める手法であり, 卒後の初期研修につながる基本的な態度や技能の取得を目指すものである。 われわれの施設では, 内科, 外科, 産婦人科, 小児科, 精神科の5科が必修科とされており, 耳鼻咽喉科は選択科という立場にある。 今回, 選択科である耳鼻咽喉科の診療参加型臨床実習における役割について検討を行った。 対象は2018年度, 2019年度に実習を施行した東京慈恵会医科大学医学部医学科5年生および6年生で, 選択理由等の実習全般に関する事項 (選択理由, 満足度など) および学んだ事項 (疾患, 症候等) について調査票を用いて実態調査を行った。 4週間の実習で経験した疾患は国家試験出題基準に掲載されている耳鼻咽喉科領域90疾患のうち31疾患 (34.4%) であり, 経験した症候は, モデル・コア・カリキュラムで制定されているものを多く経験していた。 これらのことから, 診療参加型臨床実習において耳鼻咽喉科は医学生が学ぶべき基本的な症候等を多く経験できることが示され, 診療参加型臨床実習で求められているアウトカムを耳鼻咽喉科の実習でも習得できることが明らかとなった。
涙嚢鼻腔吻合術を成功させるためには, 十分な骨削開, 正確な涙嚢と周囲解剖の把握, 組織の癒着の予防, 吻合口の安定が重要である。 内視鏡下涙嚢鼻腔吻合術は鼻内の解剖の把握に優れ, 涙嚢粘膜弁や鼻粘膜弁の工夫に加え, 十分な骨削開を行うことで成功率を高めてきた。 しかし, 鼻内での粘膜弁同士の縫合固定は高度な技術を要するため, 施行されないことが多い。 今回われわれは3症例に鼻腔内から鼻腔外に糸を貫通させ, 鼻外で糸を結紮することで涙嚢粘膜と鼻腔粘膜を縫合固定する工夫を行った。 鼻腔内単独での縫合は狭い空間の中で針を回転させる必要があるが, 鼻腔と鼻外を貫通させる縫合法では直線的に針を刺入するだけで粘膜弁の縫合固定が可能であった。 いずれの症例も術後経過は良好で, 手術合併症や再発の所見は認めなかった。 本術式の工夫を報告する。
われわれが日常遭遇する骨腫は骨組織と連続した部位に発生する腫瘤を指し, 頭頸部領域では硬口蓋や下顎骨などの顎骨周囲, また鼻副鼻腔に生ずる例が多い。 一方骨性分離腫とは, 骨組織と連続性のない組織に正常骨組織が異常増殖したものであり, 病理学的には層板状構造からなる成熟した骨梁を, 正常な重層扁平上皮が被覆する構造を呈しており, これは一般に知られている骨腫と同様の構造とされる。
患者は52歳, 女性で, 30年前から咽頭の腫瘤性病変を指摘されていた。 初診時所見では腫瘤は舌根に存在し, 表面平滑で被膜の一部に血管の走行がみられた。 触診上腫瘤は硬く, 茎は有せず可動性はなかった。 また疼痛や接触痛もなかった。 全身麻酔下の切除生検を計画していたが, 腫瘤と舌根深部組織の境界は明瞭であったため一期的に摘出した。 切除された腫瘤は 10×7×5mm 大で乳白色の色調を呈しており, 茎や流入・流出血管の類はみられなかった。 病理所見では, 被覆された粘膜上皮基底層の配列に乱れはなく, 粘膜下腫瘤は層板状の構造を有する骨類似の組織であった。 以上より骨性分離腫と診断した。
今回経験した舌根の骨性分離腫は, 骨組織と連続性のない舌根粘膜下に発生したものであった。 本邦でこれまでに報告された事例は, われわれの渉猟し得た範囲で81例あり, 比較的まれな部位における発生例と考えられた。
喉頭熱傷は火事などで生じる気道熱傷上気道型と, 高温の飲食物摂取によって生じる局所の喉頭熱傷の2種類がある。 受傷後時間差を伴う喉頭浮腫を生じ致命的になり得ることから, 早期診断と気道確保が重要である。 飲食物による喉頭熱傷ではコーヒーや紅茶, シチューなどの液体による報告が多い。 食品の温度や形状に対しての認識が未熟な小児例や, 成人では飲酒後, 統合失調症, うつ病等の精神疾患の既往がある者, 総義歯装着中の高齢者の報告がある1)。
今回われわれは電子レンジで加熱したイクラ入りのおにぎりを摂取したことで気管挿管を要した喉頭熱傷の1例を経験した。 本症例は精神疾患の既往のない成人であり, 固形物による喉頭熱傷の症例であった。 さらに口腔内に熱傷所見がまったく認められなかった点が特徴的であった。 電子レンジによる加熱は素材そのものの特性により温度の上がり方が異なるため, 材料が不均一な食品を加熱した場合ホットスポットという極端に熱い部分が生じやすく, 本症例のようなケースに至る可能性がある。 気道熱傷を疑う症例での耳鼻咽喉科診療において, 診察時口腔内に熱傷所見がなくとも, 患者背景および状況から, はやめに喉頭所見を確認し, 増悪する咽頭痛や呼吸困難に注意する必要がある。