深頸部膿瘍は, 頸部にある疎な結合組織からなる間隙に膿瘍を形成したものであり, 進行例では治療に難渋するために早急かつ適切な治療が必要な疾患である。頸部膿瘍の治療では, 抗菌薬の投与と共に感染が波及したすべての膿瘍腔の切開, 排膿処置が重要であり, 膿瘍の進展範囲に応じて様々な頸部切開法が行われている。今回, 当科において治療を行った深頸部膿瘍症例を対象として, 頸部間隙における感染の進展様式とその外科的治療法を中心に臨床的検討を行った。
過去8年間に当科において治療を行った深頸部膿瘍症例は17例で, 男性12例, 女性5例, 平均年齢は60歳であった。CT画像を再評価しえた15例を対象として, 膿瘍の進展範囲別に膿瘍が舌骨上に限局したものをStage I, 膿瘍が舌骨下の内臓間隙または頸動脈間隙, 咽頭後間隙に進展するが頸部までに留まったものをStage II, 縦隔に進展するが前縦隔の気管分岐部より上までのものをStage IIIa, それより下方に進展したものをStage IIIbと区分して以後の検討を行った。Stageが進行するにつれてCRPや入院期間などを指標とした重症度は増加する傾向が見られた。膿瘍の進展様式に関しては副咽頭間隙が重要な役割を果たしており, ここを経由して下方の舌骨下に及び内臓間隙, 頸動脈間隙, 咽頭後間隙へと進展するが, これらの中には縦隔へ病変が広がる症例も見られた。
Stage Iの2症例に対しては頸部横切開が施行された。Stage IIの12例中4例に対しては頸部横切開が, 7例に対しては胸鎖乳突筋の前縁にそった縦切開法が, 1例に対してはJ字型切開による排膿処置が行われた。前縦隔まで感染が波及したStage IIIaの1症例に対しては頸部アプローチ及び心窩部ドレナージが行われ全例良好な経過であった。
深頸部膿瘍が疑われる症例に対しては, CTを用いて膿瘍の有無及びその正確な進展範囲を診断し, 膿瘍の進展範囲に応じて頸部横切開, 胸鎖乳突筋前縁切開, 頸部アプローチによる縦隔操作と必要に応じて心窩部ドレナージ, さらには開胸操作を選択することが有用と思われた。炎症が縦隔に波及した場合には治療に難渋するため, 縦隔病変を併発しないよう早期診断をこころがけると共に, 炎症病変が頸部に留まっている早期に適切なドレナージを行うことが重要と考える。
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