シクロデキストリン(CD)は,d-グルコースがα-1,4結合で環状につながったオリゴ糖である。CDは,そのサブナノメートルサイズの空孔の形と大きさに合う分子を選択的に包接することができる。この包接能は学術的にも工業的にも広く利用されてきたが,CDによるゲスト分子包接のほとんどは水中に限られていた。著者らは最近,油や非極性溶媒中のゲスト分子を効果的に包接できるCD誘導体の開発に成功した。本稿では,著者らがこれまでに得た知見をもとに設計・合成した,様々なリンカーや置換基をもつ新規なCD二量体を用いての有機溶媒中での分子認識について紹介する。
天然のシクロデキストリン(CD)およびその誘導体は,疎水性薬物と包接複合体を形成するホスト分子であり,医薬分野では製剤添加剤やDDS担体として広く応用されている。最近ではCDを用いた超分子ネックレスも着目されており,従来の低分子系あるいは高分子系の製剤素材よりも優れた機能が見いだされている。加えて,CD自体が医薬品として利用されるというパラダイムシフトも起きている。本稿ではCDを基盤としたマテリアルの創製と医薬への応用について概説する。
ヘルスケアや生物学的研究への将来的な応用に向けて,低コストかつ煩雑な操作を必要としない分析試薬は強く有望視され,これまで活発に開発されてきた。しかし,従来の分子プローブ(分析試薬の基本構造)の多くは水に不溶であり,さらにその合成には時に高度な操作が要求されるという問題を抱えている。これらの問題に対し,シクロデキストリン(CyD)は解決の糸口として期待できる。CyDは水中においてその疎水性空孔に疎水性化合物を内包し,かつ包接を介して様々な分子認識部位を非共有結合的に導入することができる。筆者らはこれまでに,CyDの空孔を水中における疎水性ナノ反応場として活用することを着想し,この設計をCyD型超分子分析試薬として概念構築した。そこで本稿では,分析試薬の基本構造,及び現状の問題点をまとめ,さらに,CyD型超分子分析試薬の成功例について,主に筆者らの近年の報告を中心に紹介する。特に,蛍光,比色,そして電気化学的な信号を示すCyD型超分子分析試薬をまとめた。本稿で紹介するCyD型超分子分析試薬は,従来の分析試薬では実現できない新奇な分子選択性を創出するため,将来に現在の化学センシング系のデザインを革新するであろうと考えている。
バイオミメティック化学という研究分野をご存知だろうか。天然に存在する様々な生体分子の機能に注目して,化学的に合成した物質を用いて再現を試みる学問分野である。筆者のグループでは長年にわたりシクロデキストリンを用いたヘモグロビンモデル錯体の開発を行ってきた。シクロデキストリンを用いたモデル錯体hemoCDは,水中で機能する唯一の人工ヘモグロビンであり,生体内でも利用可能である。hemoCDを生体内に導入すると血液中で酸素運搬機能を示す一方,COなどの有毒ガス成分を強く結合し尿中に排出するというユニークな作用も示す。この物性は火災現場で利用できるガス中毒の治療薬としての可能性を示唆しており,現在社会実装を目指して取組んでいる。本稿ではバイオミメティック化学を起点とする筆者らの創薬に向けた取組みを紹介する。