フライ油を長時間使用すると,熱酸化による二次生成物(極性重合物やカルボニル化合物など)が蓄積するが,これと共に酸価が上昇する。従来,酸価の上昇は揚げ種からの水分の移行を主因とするトリグリセリドの加水分解に基づくと考えられてきた。しかし,フライのシミュレーション系である水噴霧加熱実験を低酸素雰囲気下(熱酸化が進まない環境下)で実施した場合,十分な水分が存在しても酸価は上昇しなかった。また,長鎖遊離脂肪酸,短鎖遊離脂肪酸,ヒドロペルオキシドの加熱油への添加も,低酸素雰囲気下では酸価上昇を促進しなかった。これらの結果から,フライ油の酸価上昇は単純なエステル加水分解ではなく,初期酸化中間体または酸素分子そのものが関わるエステル分解反応の結果であることが示唆された。
ポリジメチルシロキサン(PDMS)は,業務用油脂に添加されている。PDMSは,消泡剤として指定されている添加物ではあるが,油脂の酸化を著しく抑制することが報告されている。その機能は 1970年代より,「油脂と空気の界面に単分子膜を形成し酸素の吸収を阻害する」,「油の対流を抑制する」等諸説あるが,十分に解明されているとはいえない。そこで,油脂中のPDMS と酸素の存在状態を解明するとともに,加熱した油脂の化学性状とトコフェロール量を測定し,PDMSの抗酸化機構が検討されたので紹介する。
油脂表面に約0.06 µg/cm2以上のPDMSを添加したキャノーラ油では,PDMSは単分子膜を形成するとともに,微粒子となって分散しており,室温・窒素下で静置するとPDMSと溶存酸素はキャノーラ油の上部ほど高濃度に存在した。PDMS添加キャノーラ油の断続加熱においては,溶存酸素濃度は常に無添加キャノーラ油のそれより高く,加熱時でも室温放置中でもPDMSは抗酸化効果を発揮した。また,酸素を飽和させたPDMS添加キャノーラ油をバイアルに入れ,上部に空気が無いように密閉後60℃に保温したとき,顕著に酸化が抑制された。これらの結果よりPDMS の単分子膜とは別にPDMS粒子が抗酸化効果を発揮することが証明された。また,キャノーラ油に溶解するポリメチルフェニルシロキサンのようなシリコーン油は抗酸化効果を発揮せず,またPDMSが溶解する脂肪酸イソプロピルエステルを用いた加熱実験では,PDMSの抗酸化効果が全く認めらなかったことから,PDMSが抗酸化効果をもつためには基質(油脂)に不溶という要件が必須であることがわかる。PDMS粒子のゼータ電位を測定したところ,-74±10.6 mVとマイナスの大きな数値をもつことがわかり,PDMS粒子は安定した状態で油脂中に分散していると考えられる。さらに,微粒子としてキャノーラ油中に分散しているPDMS粒子は,酸素分子のクラスターをその近傍に引き付け,脂肪酸への攻撃を妨害して,酸化を抑制していることが考えられた。
ヒトは「味覚」によって体にとって摂取すべきものと忌避すべきものとを弁別している。甘味はエネルギー摂取の役割として主に糖の摂取を促し,うま味は体の構成成分としてのアミノ酸の摂取の役割としてタンパク質の摂取を促す。その点から考えると,糖を中心とした炭水化物,タンパク質と並び三大栄養素の一つである油脂にも摂取を促す「味」があると考えることは自然である。しかしながら,油脂はそのまま摂取しても味や香りはなく,さらに摂取したいと思うことはない。この点からも油脂の味覚に関する研究は,五味の研究と比べると大きく遅れているのが実態であるものの,徐々に研究が進み油脂の「味」に関しても明らかにされつつあるため,その一部を紹介する。また我々は脂肪酸の一つであるアラキドン酸が食品のおいしさを向上させる効果を有することを示し,特にうま味を向上させることを明らかにした。また同様にアラキドン酸の分解物が味覚感受性に影響を与えることが示された。
核磁気共鳴(NMR)法とは,静磁場中におかれた試料にラジオ波を照射し,観測されるNMR信号を解析することで,試料に含まれる成分の化学構造や運動状態などを調べる手法である。メタボロミクス(成分の一斉分析)で得られるNMRスペクトルには試料から抽出された多成分の複合的な情報が含まれ,多彩な試料の特性が表現される。また,NMRイメージング(磁気共鳴画像法,MRI)では,磁場強度に勾配をかけることによってNMR信号に位置の情報を与え,試料内部の情報,つまり形態や水分子の分布と運動性などを画像化することができる。筆者らのグループでは,こうしたNMRデータを活用し,農産物・食品試料の成分や品質の特性を捉えようと試みている。
本稿では,NMRメタボロミクスによる農作物の解析およびMRIによる食品の解析例を紹介し,当該分野の動向や将来展望について議論する。