酵母にとって細胞表層は,生命維持に必要な要素を閉じ込めて自己と他者を隔てる境界面であると同時に,自己が外界の環境や他者と相互作用するための重要なインターフェイスでもある。そのため,細胞表層の機能性を操作し,外界との相互作用を自在にデザインできるようになれば,酵母細胞を物質生産や医療など様々な分野で活用することが可能になると期待される。本総説では,酵母の細胞表層の機能性を操作するための有望なツールである細胞表層工学(cell surface engineering)技術の概要と各分野における応用,およびその技術改良に関する近年の研究事例について概説する。
細胞は脂質二重膜からなる細胞膜より外界と自己を隔てる。この細胞を改変する場合何らかの手段により細胞内すなわち細胞質にアクセスする必要がある。物理的,機械的な細胞膜貫通によりこれを達成しようとする場合には,細胞膜の性質をよく理解したアプローチが必要である。我々は独自に開発した直径200 nmのナノニードルを用いて,動物細胞,ヒト細胞に対して効率よく挿入する方法,その条件について詳細を明らかにしてきたので,ここに紹介する。
細胞外あるいは細胞内因子による膜の曲率誘導や伸展により,脂質二重層の脂質頭部の間隔が広げられ,膜の疎水性コア領域が膜表面により露出した状態が誘起できる。適切な両親媒性分子とこの疎水性コアとの相互作用に着目することで,ユニークな膜構造の変換とその応用が期待できるかもしれない。本稿では,当研究室で開発したオクタアルギニンとL17Eペプチドを例にとり,細胞内送達への応用という観点から,膜構造の変化に呼応するペプチドと細胞膜との相互作用様式に関して考えてみたい。
タンパク質や核酸などのバイオ分子は医薬品として利用され,臨床現場で大きな成果をあげるようになった。経皮吸収とは薬を皮膚から送達する方法であり,注射投与と比較して,安全かつ簡便な方法であることから,バイオ分子を経皮吸収させるための技術開発が注目されている。バイオ分子を油中にナノメートルサイズの粒子として分散させるSolid-in-Oil(S/O)技術は,経皮吸収促進効果をもつ油状基剤とバイオ分子を組み合わせることができることから,バイオ分子の経皮吸収において非常に有効であることが知られており,インスリンのようなタンパク質の経皮吸収効率の向上が報告されている。近年では,塗り薬型ワクチンの開発などが盛んに研究されており,抗原特異的な抗体産生や細胞性免疫の誘導が可能であることが明らかとなっている。今後の発展によって,S/O技術によるバイオ分子の経皮吸収製剤が実用化されることが期待される。