有機フッ素化合物は熱的,化学的に安定で,高い界面活性作用や低粘性,低屈折率等の優れた性質を持つ。このため様々な産業あるいは消費者向けの用途があり,新材料の研究も盛んである。一方で環境中に残留しやすく,廃棄物の分解処理も困難,さらにPFOSやPFOAと呼ばれる一部の化合物やその関連物質には生体蓄積性があるという側面もある。本稿ではこのような有機フッ素化合物の製造や使用に係る世界の規制動向と,最近我々が取り組んでいる先端フッ素材料に関する分解・再資源化反応の研究成果について報告する。
フルオロアルキルアクリレート(FA)ポリマーは,繊維,カーペット,紙などへのフッ素系撥水撥油剤として幅広く使用されている。シリコーン系ポリマーでも撥水性は付与できるが,FAポリマーではさらに高耐水圧性,撥油性,防汚性をも付与でき,現在,撥水撥油剤としてはフッ素系が一般的となっている。近年,FAポリマーの原料であるフルオロテロマーに由来するパーフルオロオクタン酸(PFOA)の環境ならびに生体への蓄積性懸念が高まりより広く調査・研究が行われるようになった。本稿ではPFOA問題の概要,FAポリマーの構造と撥水性能発現機構の関係について触れ,PFOAを含まない環境適合型(短鎖型)のフッ素系撥水撥油剤の代替技術とその商品および今後の展望について述べる。
パーフルオロアルキル(Rf)基をもつ有機フッ素化合物は,炭化水素化合物では実現し得ない独特なバルク物性を示す。しかし,その物性が発現する機構を分子の一次構造と関連付けて理解することは長年の課題であった。本稿では,階層双極子アレー(SDA)理論と電磁気学によりこれまでの混乱を取り除き,Rf化合物の物性を,1分子とバルクに分けて統一的に理解可能にする新しい考え方について述べる。
私たちは,膜タンパク質の構造・機能解析に用いる新しい化合物として,アシル鎖末端にパーフルオロアルキル(Rf,CnF2n+1)基を含む部分フッ素化リン脂質を開発している。Dimyristoylphosphatidylcholine(DMPC)の部分フッ素化アナログ分子として,種々の長さのRf基をアシル鎖末端に含む新規リン脂質群Fn-DMPC(n=2,4,6,8)を合成し,脂質膜のゲル-液晶相転移温度を調べたところ,Rf鎖長に顕著に依存した挙動が観測された。DMPCに比べて,nが6より小さい場合は相転移温度が低下する 一方,n=8にRf 基を伸長すると相転移温度が50℃以上も劇的に上昇した。膜タンパク質バクテリオロドプシン(bR)をF4-DMPCリポソームに組み込んだ再構成膜では,DMPCの場合と異なり,ゲル相,液晶相のいずれにおいても,bRは天然紫膜類似の高次構造と機能サイクルを有することが示された。このことは,部分フッ素化リン脂質が膜タンパク質研究に有用であることを示していると考えられる。
含フッ素化合物は医農薬品分野,材料化学分野から注目される化合物である。特に含フッ素α-アミノ酸は生化学,医科学の発展への寄与が期待される。しかしながらその立体選択的な合成法は限られている。この総説では,ペルフルオロアルキル基を有するキラルα-アミノ酸の立体選択的な合成法についてまとめ,それを用いた最近の研究を紹介する。