全原子モデルに基づく分子動力学(MD)シミュレーションは,溶液中の分子集団系の物性を原子・分子の解像度において明らかにすることができる。最近の計算機能力の進展によりMDシミュレーションにより扱える時間・空間スケールは拡大し,種々の実験結果との直接比較を可能としている。ここではミセル,脂質二重層膜,タンパク質複合体を例に,最近の我々のMDシミュレーション研究の成果について解説する。
コロイド・微粒子分散系において,粒子間の流体力学的相互作用が,系の動的挙動・レオロジー特性に多大な影響を与えることは広く知られているが,これを解析的に扱うことは非常に困難である。数値シミュレーションは,それらを研究するための非常に強力なツールであり,これまで様々な数値手法が提案されてきた。本稿では,我々が開発した流体粒子ダイナミクス法の原理を説明するとともに,コロイド分散系の相分離現象の予測に応用した例を紹介する。この研究により,多体的流体力学的相互作用の重要性が示されるとともに,任意パラメータなしにコロイド分散系の動的挙動を予測可能なことが明らかになった。
レオロジーのシミュレーションとは,物質の変形/ 流動下での物質の応力を計算することである。大きく分けて,現象論的レオロジーに即した方法と,分子論的レオロジーに基づく方法がある。現象論的な方法は構成方程式に基づくもので,レオロジー特性は与えられているものとして,プロセス中でのマクロな挙動を計算する場合に用いられる。 分子論的な方法は分子運動からレオロジー特性を導く立場で,与えられた分子の構造からレオロジー特性を考えるために用いられる。本稿では,主に分子論的な立場を説明する。特に,長時間の分子運動を扱うために必要な粗視化に着目して説明する。
産業的に使用される現実的な高分子鎖の形状とサイズを研究するためには,取り扱える原子数とダイナミクスの時間スケールの制限により,全原子分子動力学シミュレーションを適用することは困難である。そのため,全原子分子動力学に代わり,粗視化分子動力学シミュレーションがバルク高分子鎖の構造とダイナミクスを研究するためにしばしば使用される。粗視化分子モデルの概念を簡単に紹介した後,粗視化分子動力学シミュレーションの例をいくつか紹介する。具体例として,溶融状態における線形および分岐高分子鎖のサイズ,固体壁近くの溶融高分子およびグラフト鎖の変形,ミクロ相分離構造におけるブロックコポリマーのコンフィグレーションに関する検討などを紹介する。