老化や寿命は,環境などに影響される確率的な要素が大きいと考えられていたため,遺伝学や分子生物学の研究対象として扱われるようになるのが発生学などと比べて遅れていた。しかし近年,モデル生物や高等生物をもちいた寿命研究が精力的に行われ,いくつかの老化制御シグナルが複数の生物種に共通して存在していることが明らかとなってきた。それらはインスリン/インスリン様成長因子-1(insulin/insulin-like growth factor-1: IGF-1),sirtuin 1(SIRT1),mammalian target of rapamycin(mTOR)経路などである。さらに,これらの細胞内シグナル伝達経路を標的として,実験動物の寿命を延長させる物質がいくつか報告されている。それらの物質は,カロリー制限による寿命延長効果を模倣する物質としても知られている。米国では,そのような物質の一つをもちいて抗老化薬としての大規模なヒト臨床試験が行われており,数年後にはその結果が報告されることになっている。本稿では,上記のこれまでに明らかになっている老化制御シグナル,およびその制御物質について概説するとともに,植物由来の機能性成分の中で老化制御因子として注目されている物質について紹介する。
長期の摂取カロリーの制限(caloric restriction; CR)は,加齢に伴う生理的変化や老化関連疾患の発症を抑制もしくは発症時期を遅延し,平均及び最大寿命を延伸する唯一の簡便で再現性の高い方法として,老化・寿命研究に広く応用されている。CRのメカニズムとして,成長ホルモン/インシュリン様成長因子1シグナルの抑制,mechanistic target of rapamycin complex 1の抑制,サーチュインの活性化,ミトコンドリア/レドックス制御の亢進などの関与が示唆されているが,その詳細は未だ充分に解明されていない。本総説では,最近の分子遺伝学的技術の進歩により得られた遺伝子改変動物を用いたCR研究の知見をベースに,我々が最近報告した白色脂肪組織リモデリングに関する新規知見を含めて,CRのメカニズムを考察する。
糖化(glycation)はアミノ酸やタンパクと還元糖の非酵素的な化学反応で生体内のさまざまなタンパクに起こる。糖化したタンパクはカルボニル化合物を中心とする糖化反応中間体を経て,糖化最終生成物(advanced glycation end products: AGEs)に至る。糖化ストレス(glycative stress)は還元糖やアルデヒドによる生体へのストレスと,その後の反応を総合的にとらえた概念である。糖化ストレスの評価には糖化反応の過程で生じるさまざまな物質がマーカーとなる。糖化ストレスマーカーには,血糖,糖化タンパク,糖化反応中間体,AGEsがある。抗糖化作用の評価には,タンパクと還元糖を含むリン酸緩衝液中に試料を添加して反応させた後,生成したAGEsや糖化反応中間体の量を測定する。既に,多くの食品,化粧品素材に抗糖化作用が見つかっている。我々はこれらの素材を利用することで糖化ストレスによる老化や疾患を予防できる可能性がある。