我々の周りには常に匂いが存在する。匂い環境は決して一定ではなく,匂いを構成する分子の種類も,その濃度も,刻一刻と変化する。匂いを察知するセンサーとして働くのが嗅覚受容体である。嗅覚受容体は,Gタンパク質共役型受容体に属し,ヒトでは400種ほどが機能していると考えられる。さて,匂い分子と嗅覚受容体は複数対複数の組み合わせで対応付けられており,ある嗅覚受容体を活性化する匂い分子が,他の嗅覚受容体に対してはアンタゴニストとして働き,嗅覚受容体の活性化を競合的に阻害することが報告されている。本研究では,受容体の応答強度と官能との関連を明らかにするために,ヘキサン酸を対象にヒト嗅覚受容体ならびに受容体の応答を抑制するアンタゴニストの探索を行った。その結果,複数のヒト嗅覚受容体がヘキサン酸に応答することが見出され,またヘキサン酸受容体のアンタゴニストが複数同定された。さらに,ヘキサン酸の受容体アンタゴニストにより,官能評価においてもヘキサン酸臭が低減することが示された。以上の結果は,末梢レベルで引き起こされる受容体応答と認知レベルで起こる匂いの感じ方が関連していることを示すものである。
様々な加工食品の食感を形成,維持するために加工澱粉が用いられている。食品用の加工澱粉は大きく分けると,澱粉の老化を抑制する耐老化性澱粉,澱粉の粘度を安定化させる架橋澱粉が使われている。食感をモチモチさせるためには,アミロース含量の低い澱粉やタピオカ澱粉が主に使われる。一方,フライ食品などの衣をサクサクさせるためには低分子化した澱粉が用いられる。水練製品など弾力性を向上したい場合は,油脂加工澱粉が用いられる。パンやケーキなどふんわりとした食感を維持したい場合は,予め糊化させておいた油脂アルファ化澱粉が有効である。特徴のある食感を有する加工食品を作るには適した澱粉種と加工を選択することが重要である。
清涼化粧料には,清涼成分としてℓ-メントールが汎用されている。しかしながら,ℓ-メントールは,適度であれば快適な清涼感を付与する一方で,多すぎると灼熱感,ヒリヒリ感といった不快刺激を感じることが知られている。そこで,我々は,快適な清涼感を与える濃度範囲を確認するために,頚部を用いた清涼感評価方法を確立し,ℓ-メントールに対する感度が高いクールスティンガーを選定した。これにより,男女によるℓ-メントールの感受性の違いや,発汗時の清涼感の感じ方の違いを明らかにした。また,TRPチャネルに着目した評価方法を用いることで,ℓ-メントールによる不快刺激を1,8- シネオールが抑制することを発見した。
医薬品の苦味は服薬におけるノンコンプライアンスを引き起こし,治療効果を低下させる原因となる。特に,小児や高齢者,嚥下困難な患者は錠剤が飲み込めないため,粉薬や水薬,口腔内崩壊錠(OD錠)が好まれるが,これらの製剤では,薬物が既に溶解あるいは唾液中に速やかに溶解し,舌の味細胞に直接接触するため,苦味のマスキングが必要となる。苦味マスキング法には物理的,化学的,官能的手法があり,化学的手法の一つとして,環状オリゴ糖であるシクロデキストリン(CyD)との包接複合体形成を利用した苦味軽減法がある。CyDは,様々なゲスト分子と溶液および固体状態において包接複合体を形成し,ゲスト分子の物理化学的性質を変化させることから,薬物の製剤特性の改善に利用されている。本総説では,CyDによる薬物の苦味軽減例ならびにその苦味軽減メカニズムについて紹介する。これらの結果は,CyDによる苦味マスキングを行う上で有用な基礎資料になるものと考えられる。