薬剤・薬物は種々の疾患の治療や健康回復に有効な化学物質であるが,そのほとんどが人間の体にとって本来は存在しない「よそ者の物質」である.生体内においては本来,必要な物質・成分を体内の適切な部位に選択的に運ぶ仕組みはあるが,「よそ者の物質」である薬剤・薬物にはこのような運搬システムは存在しない.したがってこの薬剤は,体内における部位選択性を持たず,非特異的に存在することとなる.この薬剤の非特異的存在は,「よそ者」であるが故に生体防御システムの網にかかり分解・代謝等を受けて活性を喪失する,あるいは単にそのまま体外へと放出されることにより無駄に消費されることになる.一方,体内の不適切な部位に一定量以上の濃度で運ばれれば,副作用を引き起こす.この副作用が深刻な場合は,たとえ本来の薬効が十分に高くとも,もはやその薬剤は使用することはできない.
この「よそ者物質」である薬剤の持つ限界・制約を克服できる技術として注目されているのが,薬物送達システムDDS(ドラッグデリバリーシステム)である.このシステムは,適切量の薬剤を適時・適所へ運搬し過剰量の薬剤を不必要な時期や部位には分布させないことを実現させるものであり,用いる薬剤や目指すべき機能に応じて以下のように分類することができる.薬剤の持続性を高めるための徐放性能,体内代謝の速い薬剤の長寿命化,薬剤の吸収性の促進,薬剤を標的とする組織や細胞等の部位にのみ送達するターゲティング性能等である.これらの機能を達成するには,薬剤を何らかのキャリアーとなる物質に保持あるいはカプセル化する必要がある.そして用いるキャリアー・カプセル素材の持つ性質によって,DDS機能も決まってくる.図1には,カプセル化によるDDSの代表的な分類を示した.カプセル素材が体内で分解する場合は,その分解により薬剤の放出が促される(分解制御型).このタイプのDDSは,薬剤の標的指向(ターゲッティング)に有効である.一方,体内での分解性能の低いカプセル素材では,カプセルマトリックス内で薬剤をゆっくり拡散させることによる徐放機能が期待できる(拡散制御型).薬剤の徐放性をマトリックス内での拡散性によらず,膜の透過性により制御する膜透過制御型も知られている.
以上述べて来たことからもわかるように,DDS技術の発展は,医学や薬学のみでは不可能であり,物理学,化学や材料工学等の分野も巻き込んだ学際融合的な試みが必要である.DDS用のカプセル素材開発では当然,材料科学・材料工学分野との協働・連携が必須となる.脂肪酸,界面活性剤等の低分子化合物はもちろん,デンプン・ゼラチン等の天然高分子化合物,近年注目されている高分子ミセルやマイクロエマルジョン,マイクロカプセル等の素材をDDSに応用する際は,医学・薬学と材料工学とが連携・融合しなくてはならない.また,体内での薬剤のセンサリング,あるいは光,電場,磁場,超音波等をトリガーとした薬剤の放出制御では,物理学・電気工学等との協力が必要である.例えば,高分子化学と医学・薬学との学際融合によって,高分子ミセルを薬剤送達キャリアーとして用い,抗がん剤を癌細胞へ選択的に送達するターゲティングDDSが開発されつつある.
深刻な副作用や薬効の対費用効果等により,使用することができていない薬剤・薬物も多い.しかしながら,DDS技術が十分に発展すれば,薬剤を無駄無く,副作用無く使用することができる.したがって,上述の理由で使用ができなかった薬剤・薬物が日の目を見ることもあるかもしれない.今後の発展が期待されるところである.
抄録全体を表示