加齢により,前庭機能,視機能,体性感覚機能のすべてが低下する.また,出力器官である運動器機能も低下するため,加齢による平衡障害は複合的な要素が関連して生じる.加齢性前庭障害は加齢による前庭機能低下であるが,浮動感,ふらつきなど慢性的なめまい症状を主訴とするため,他の慢性めまい疾患と鑑別し,診断基準に則って診断する必要がある.加齢性変化であること,両側末梢前庭機能低下と出力(運動機能)低下などから治療には難渋するが,前庭リハビリテーションや歩行訓練,サルコペニア・フレイル予防のため筋力を保つような訓練が行われる.近年,前庭機能低下は空間認知機能低下の他,注意機能など他の高次機能低下と関連するとの報告が増えており,加齢性前庭障害の診断・治療の必要性が高まると考えられる.
喉頭癌治療において放射線治療は重要な選択肢であるが,一方で重篤な晩期障害を引き起こすことが知られており,喉頭壊死もそのひとつである.ベバシズマブは血管新生阻害薬であり,切除不能大腸癌や非小細胞肺癌などに広く使用されているが,様々な有害事象が報告されており,近年では薬剤関連顎骨壊死との関連が言及されるようになってきた.今回われわれは喉頭癌放射線治療後5年以上経過したのちに,原発性肺癌に対してベバシズマブを含めた化学療法を施行し,重篤な輪状軟骨壊死をきたした症例を経験した.放射線治療後の頭頸部癌患者に対してベバシズマブ等の血管新生阻害薬を含めた化学療法を施行する際には,慎重な経過観察が必要であると考える.
咽頭異物は耳鼻咽喉科の日常診療においては稀な疾患ではなく,その9割程度が魚骨異物であると言われている.今回われわれは咽頭腔外へ迷入し,頸部外切開による摘出が必要になった症例を経験したので報告する.症例は69歳女性で,タイを摂取してからの違和感を主訴に受診した.初診時には咽喉頭に魚骨を認めず,その他有意な所見も認めなかった.3日後の再診時に喉頭ファイバースコープにて咽頭後壁の腫脹を認めたためCT検査を施行し,咽頭腔外へ迷入した魚骨を発見した.頸部外切開を行い,下咽頭収縮筋層内より長径23 mmの魚骨を摘出した.術後は抗菌薬の投与と経鼻胃管による栄養管理にて順調に改善した.本症例では魚骨の刺入方向が特異であったために初診時には有意な異常所見を認めなかったと考えられる.診察所見に乏しくとも,迷入を少しでも疑った場合は積極的なCT検査が必要であると考えた.
遺伝性血管性浮腫(hereditary angioedema: HAE)は顔面,四肢,消化器を含めた全身の様々な部位に急激な経過で浮腫を生じる常染色体優性遺伝疾患である.補体C1インヒビター(C1-INH)の欠損や機能低下が原因とされ,小児科,皮膚科,消化器内科,耳鼻咽喉科等,関連する科は多科に及ぶ.HAEは慢性的に発作を繰り返すことが多く,手足の腫脹や激しい腹痛,顔面浮腫を生じるが,中でも上気道の浮腫は致命的になり得るため,耳鼻咽喉・頭頸部外科医は認知する必要がある.HAEは認知度としては十分とは言えない疾患であるが極めて緊急性の高い疾患である.今回我々は,20歳男性で短期間に3度の喉頭浮腫を来し,合計3回気管切開を施行した重篤なHAEの1症例を経験した.若干の文献的な考察と啓蒙の目的を込めて報告する.
(緒言)アレルギー性鼻炎を疑う問診結果や鼻鏡所見が得られても血清抗体価や皮膚試験ですべて陰性で診断に難渋することがある.欧米でこうした症例はLocal Allergic Rhinitis(LAR)として論じられている.日常診療での市販HDディスクを用いた鼻誘発試験方法を用いて,ダニによるLARの可能性を検討した.スギのディスクは市販されていないため,ダニにおいてのみ検討を行った.さらにLARの鼻粘膜局所での病理組織学的所見の特徴をアレルギー性鼻炎,非アレルギー性鼻炎の同所見と比較検討し,LARの病態検討の一助とする.
(対象,方法)鼻炎症状を有し,当科で手術加療を行った21例を対象とした.①術前に末梢血のダニに対する特異的IgE抗体価の測定,②術前に鼻誘発試験(HDディスク),③下鼻甲介粘膜中のダニ特異的IgE抗体価の測定,④下鼻甲介粘膜標本のHE染色と抗CD40抗体による免疫染色を行った.
(結果,考察)21例中13例が末梢血でダニに対する特異的IgE抗体価が陰性で13例中5例がダニ抗原によるLARと考えられた.CD40陽性細胞が全ての群で観察された点からLARに関する病態メカニズムの仮説を検討し,鼻誘発法の確立や標準化がアレルギー性鼻炎診断学において重要な意義があることを示した.
椎骨脳底動脈循環不全(Vertebrobasilar Insufficiency: VBI)を疑う患者は少なくない.具体的には動脈硬化が進行する合併症や頚椎の変形を示唆する合併症を有する高齢者のめまい患者である.しかしVBIと確定診断するのは意外と困難である.特にVBIの器質的異常部位の検索・提示が明確化されていない点に着目した.
我々は以前VBIを起こし得る,椎骨動脈・鎖骨下動脈の石灰化病変や頸椎変形病変を,CTスキャン(CT)で検索・提示できる事を報告した.今回はCTの撮影方法を改良し,より効率的な病変の検索・提示を目指す.今回の方法は造影剤を使わないCT angiographyという意味合いでPseudo-CTangiography(P-CTA)と仮称し,VBIを診断する画像診断法を提示する.またVBIを診断する際に使用される検査,血管造影,頸部超音波,MRA,CTの理論上の比較考察を行う.さらにCTで示される病変,すなわち動脈の石灰化,頸椎変形,動脈の屈曲・蛇行が示す病的意義も考察した.
VBIが適切に診断されれば,VBIのめまい患者に対して早期発見・早期治療が施行でき,かつ脳梗塞の予防にもつながる.
顔面拘縮や病的共同運動といった顔面神経麻痺後遺症には,顔面神経と表情筋が持つ,四肢の末梢神経や骨格筋にはみられない特徴が関与している.例えば,筋紡錘と脊髄反射がないことから収縮優位となっているため,顔面拘縮が生じる.また,神経束構造を欠き様々な機能の神経線維が隣接しているため,再生軸索が本来とは違う機能を持つ神経の経路に迷入再生し,病的共同運動が起きる.
こうした後遺症の予防と改善に,リハビリテーション治療が行われるが,その方法も四肢の骨格筋に対する筋力強化訓練などとは違ったアプローチが必要になる.顔面拘縮には筋を弛緩させる筋伸張マッサージを,病的共同運動に対しては表情筋収縮の微細なコントロールを必要とするバイオフィードバック療法を行う.