背景:冠攣縮性狭心症(CSA)の標準治療はカテーテル治療ではなく薬物治療であり,現病歴などの患者情報から適切にCSAを疑うことが重要である.本研究の目的は患者情報からCSAと急性冠症候群(ACS)を判別する自然言語処理の人工知能(AI)モデルを作成し,AIモデルの精度と人の精度を比較することである.
方法:対象はオンライン上で閲覧可能な症例報告に掲載されたCSAとACSの症例として,学習用データとテスト用データに分けた.学習用データを用いてAIモデルの再学習を行い,テスト用データを用いて精度評価を行った.循環器内科専門医(専門医)と医学生がテスト用データに対してCSAかACSかを判定した.AIモデルと専門医,医学生のarea under the curve(AUC)を求め,3者の精度を比較した.
結果:合計649症例が集められ,学習用データとテスト用データに9:1にランダムに振り分けられた.作成されたAIモデルは正解率67%,感度87%,特異度39%であった.専門医は正解率68%,感度58%,特異度82%であり,医学生は正解率61%,感度40%,特異度89%であった.AUCについては,AIモデルは0.73,専門医は0.80,医学生は0.70であり,AIモデルと専門医のAUC間に有意差はなかった.
結論:患者情報からCSAの特徴を読み取り,CSAとACSを判別するAIモデルを作成した.AIモデルの予測精度は専門医の予測精度と有意差がなかった.今後,テキストデータに加えて画像データなどから作成したマルチモーダルAIモデルは,精度がより高くなることが期待される.
近年,大動脈解離や弓部大動脈瘤に対しopen stent graft(OSG)を用いた全弓部置換術(total arch replacement;TAR)が手術侵襲軽減目的で行われている.一方で左鎖骨下動脈(left subclavian artery;LSCA)再建の場合は深い視野での剝離や吻合に難渋する症例も散見される.当院ではさらなる低侵襲化を目的として,左腋窩バイパス併用のOSGを用いたTAR(Ls-OSTAR)を行っており,今回本手術法の手術成績につき検討を行った.
対象・方法:2011年1月から2021年3月まで当院で施行した全弓部置換術62例(男性47名,女性15名,平均年齢 68.7±12.9歳)を対象とし,TAR 17例(解離6例,真性瘤11例),Ls-OSTAR群 45例(解離21例,真性瘤24例うち破裂2例)で両群の比較検討を行った.
結果:平均手術時間,体外循環時間,大動脈遮断時間(分),選択的脳灌流時間,循環停止時間いずれもLs-OSTAR群で有意な差を認めた(p<0.05).
結語:左腋窩バイパスを併用したFETTAR法は,手術の低侵襲化に寄与する有用な手術法と考えられた.
目的:LVAD装着患者の術後歩行自立日数に関する臨床的特徴を明らかにし,術後の心臓リハビリテーション(cardiac rehabilitation;CR)プログラムの立案に活かすこと.
方法:LVADを装着した全30例のうち,術前より脳梗塞後遺症で片麻痺が出現した1例を除外した29例を対象とした.そのうち23例は歩行自立可能で6例は歩行自立不可であった.そしてLVAD術後の自立歩行獲得が,術後14日以内で獲得できた群(歩行自立早期群)と,術後15日以上の期間を要した群(歩行自立遅延群),歩行自立不可群に分類した.3群間で術前の血液データ,筋肉量,栄養状態,術中所見,術後所見を比較した.
結果:歩行自立早期群は他の2群と比較して,術前HbおよびeGFRが高く,術後の人工呼吸器装着時間およびICU在室期間が短く,持続的血液濾過透析(CHDF)導入,脳血管障害,および右心不全の合併が低率であった.また,術後の端座位,起立,歩行開始までの日数も短縮していた.
結論:術後歩行自立が遅延した症例では,術前後の重症な病態を有し,術後の端座位を含む離床そのものも遅延している傾向であった.これらの項目を術前そしてCR開始後に評価し,状態を把握することは術後の歩行自立日数の予測に有用である.
背景・目的:入浴中急死の原因については諸説あり,いまだに結論が出ていない.今回,入浴事故発見時の状況報告を分析し,入浴中急死がどのようにして起こるのか検討した.
方法:浴槽内で発生した入浴事故の聞き取り調査を1,772人に行った.心肺停止例と生存例の発見時の状況を調査した.また,生存例における意識消失の頻度ならびに浴槽内事故の発見時生存率を家庭と共同浴場に分けて調べた.
結果:浴槽内で急に意識消失する事故報告が共同浴場で7件,介護入浴で3件,家庭で2件あった.急な意識消失と救助後の急速な回復から失神と考えられた.意識消失者は溺没しても救助がなければ意識が回復しなかった.そのため発見が遅れると溺没して,肺炎になったり溺死したりして重症化した.共同浴場での心肺停止事故32件中に独り入浴中か否か不明の10件を除くと,全例独り入浴中であった.共同浴場での心肺停止事故は同時入浴者がいない時に起きていた.事故発見時の意識消失は重症の85%(11件/13件),中等症の93%(41件/44件)で認められ,ともに大多数を占めた.中等症例の意識消失は短時間で回復したために,救急搬送されなかったり搬送されても入院しなかったり,または短期間の入院であったりした.浴槽内事故の発見時生存率は家庭11.4%(46件/402件),共同浴場33%(16件/48件)で共同浴場は家庭の約3倍高かった.共同浴場では同時入浴者によって救助されることが多いために,生存率が高くなったと考えられた.
結論:浴槽内で急に生じた意識消失は,温熱作用と座位姿勢による体位性低血圧のために起こる失神(熱失神)と考えられた.広い浴槽内での急死の主要な機序の一つとして,独り入浴中の失神に続く溺死があると推測された.
患者は68歳男性.ダンプカー同士の衝突事故による腹部のハンドル損傷,ショック状態でドクターヘリ搬送された.腸管,腸間膜損傷に加え,外傷性腹部大動脈閉塞,急性両下肢虚血を生じていた.緊急開腹止血,小腸部分切除後に血栓除去術を施行した.受傷6時間後に下肢血流は一時再開したが,直後に左下肢の再血栓閉塞が判明した.左総腸骨動脈瘤があり,再血栓除去術では閉塞のリスクが高いと判断し,右下肢を供血路とした大腿動脈─大腿動脈交叉バイパス術を追加した.左下肢血流は改善したが,再灌流に伴う筋腎代謝症候群により,高カリウム血症を呈したため,緊急持続的血液濾過透析を開始した.術後5日目に血清カリウム値は正常化したが,急性腎障害による無尿状態であり,血液透析へ移行した.腎機能は徐々に改善し,術後55日目に透析離脱した.左下肢はコンパートメント症候群により運動機能障害を残したが,下肢切断は回避でき,術後62日目に転院となった.本症例は腸管損傷を伴う外傷性腹部大動脈閉塞に対し,血行再建および血液浄化で救命,救肢に至った1例であり報告する.
症例は73歳,男性.10カ月前よりびまん性大細胞型B細胞リンパ腫に対し化学療法・放射線療法が施行され,3カ月前のCTで病変は縮小を維持していた.X-1日,動悸が出現したため近医を受診した.ホルター心電図で30分持続する単形性心室頻拍(ventricular tachycardia;VT)を指摘され,X日,当院へ救急搬送となった.当院搬入時,QT延長(QTc 477 ms)を認め,心室性期外収縮が頻回に出現した.その後は単形性VT,torsades de pointes(TdP)も繰り返し出現するようになった.12誘導心電図波形より,流出路から心尖部にかけて少なくとも4種類の起源を有する単形性VTを認めた.薬剤性QT延長を惹起する内服薬(フェソテロジンフマル酸塩,フルコナゾール)の中止,メキシレチン塩酸塩内服,ビソプロロールフマル酸塩の貼付剤,アミオダロン塩酸塩静注,リドカイン静注によりVTの頻度は減少した.心エコーで右室前壁から心尖部を占拠する充実性腫瘤を認め,血液検査の結果と併せて悪性リンパ腫の心臓浸潤と判断し,化学療法を開始した.化学療法の継続により,腫瘍の縮小とともに致死性不整脈は消失した.悪性リンパ腫の心臓浸潤は剖検例においては稀ではないが,臨床症状を呈することは少ない.リンパ腫罹患例が心室性不整脈を合併した際は心臓浸潤を鑑別として挙げ,リンパ腫の治療を早期に開始することが致死性不整脈の治療としても重要である.
症例は80歳代,男性.既往に心房細動,高血圧症,脂質異常症がある.貧血進行の精査により他院においてColon Fiberを施行し,S状結腸がんの疑いとなり当院に紹介となった.X年11月の転移検索を目的とした当院における初回の造影CT検査において,大きさ約25 mmの血栓が左心耳内に偶然発見された.初回のCT検査の目的はS状結腸がんの転移検索であったため,心電図同期を併用したCT撮影は行っていない.2回目および3回目の経過観察におけるCT検査は,心電図同期の併用や撮影タイミングおよび造影剤の注入法に関して,心電図同期下で撮影した.画像再構成法に関しては,初回のCT検査は逐次近似を応用した画像再構成法であるHybrid Iterative Reconstruction(HIR)であったのに対し,2回目および3回目のCT検査は人工知能を応用した画像再構成法であるDeep Learning Reconstruction(DLR)で行った.
撮影法や画像再構成法の違いにより,撮影線量が同じであっても画質は全く異なる.目的に応じた撮影方法の工夫が有用である症例を経験したので報告する.
症例は75歳女性.70歳の時に洞不全症候群でペースメーカ植込み術を施行され,以降当院に通院していた.数日前からの倦怠感と食欲低下を主訴に受診となった.来院時発熱を認めて,精査目的に行った胸部単純CTで,すりガラス陰影を認めたことから肺炎と診断し加療目的に入院となった.抗菌薬加療を行ったが炎症再燃を認めたため,再度熱源精査を行った.胸部単純CTで肺炎の増悪を認め,経胸壁心エコーで三尖弁に17 mm程度の紡錘状疣腫を認めた.血液培養からStreptcoccus bovisが検出されたため,Duke診断基準の大基準1項目かつ小基準3項目を満たし,三尖弁の感染性心内膜炎と診断した.その他,弁には明らかな疣腫は認めなかった.同日より抗菌薬加療を開始した.経胸壁心エコーおよび経食道心エコーを施行したがペースメーカリードに明らかな疣腫は認めなかった.リードへの関与が明らかでない場合も完全なデバイスおよびリード抜去はクラス・であることから第35病日にデバイス抜去を施行した.なお留置後5年以上経過しており,癒着を考慮しエキシマレーザーシース使用し抜去を行った.その後ペースメーカリード培養も提出したが陰性であった.抗菌薬加療後,一度退院としたがその後右季肋部痛が出現.胸部単純CTで肺炎像を認め,また経胸壁心エコーでは三尖弁の疣腫が消失していた.敗血症性肺塞栓と診断し加療目的に入院.抗菌薬加療で速やかに改善し退院となった.本症例はペースメーカ留置5年後に生じた右心系感染性心内膜炎である.植込み型デバイスの台数増加により,右心系の感染症が今後増加する可能性がある.