背景:心不全患者は,高率にうつ病や不安障害を合併していることが報告されている.また,うつ病の合併は,心不全再発や増悪の危険因子であることも報告されている.今回の研究目的は,心不全患者におけるうつ病合併のスクリーニング検査を行い,患者背景や治療経過に影響を与えるかどうか調査を行うことである.
方法:急性心不全で入院し,病状安定期にうつ病の調査を施行し得た患者172名(平均年齢82.3歳)を対象とした.うつ病スクリーニングは二質問法を用い,1点以上をスクリーニング陽性とした.陽性群と陰性群の2群に分類し,患者背景,入院後の転帰および退院後3年間の心血管イベント発生に差が生じるか調査を行った.心血管イベントの定義は,心不全再発での再入院および死亡とした.
結果:172名の心不全患者のうち,72名(41.9%)がスクリーニング陽性であった.年齢や性別,左室駆出率や各種臨床データ等の患者背景は2群間で差を認めなかったが,陽性群において,有意に退院後の心血管イベント発生率が高率であった.多変量解析の結果では,スクリーニング陽性は独立した心不全予後増悪因子であった.
総括:心不全患者は高率にうつ病の合併が疑われ,うつ病スクリーニング検査が陽性であることが独立した心不全予後規定因子であることが示唆された.
目的:当院で過去11年間に経験した医原性仮性動脈瘤症例について,超音波所見ならびに臨床像をretrospectiveに検索し,その治療可能性を明らかにすることである.
対象と方法:2008年1月から2019年6月の11年6カ月間に血管超音波検査にて医原性仮性動脈瘤と診断された26例(男15例/女11例,平均年齢67.4歳).発症原因,仮性動脈瘤の血管超音波検査上の所見と臨床症状,治療法および治療法別の臨床像の比較と背景因子について調査.
結果:発症原因は,心臓カテーテル検査・治療14例,末梢動脈カテーテル治療4例,カテーテルアブレーション2例,透析用カテーテル穿刺および動脈ラインの確保各2例,透析シャント狭窄によるカテーテル治療および脳血管撮影各1例.損傷血管は総大腿動脈10例,浅大腿動脈2例,深大腿動脈1例,上腕動脈8例,橈骨動脈5例.全例で圧迫療法が施行され,成功率は54%(26例中14例)にとどまった.圧迫不成功例12例の治療内訳は,外科的瘤切除術2例,バルーン閉塞下トロンビン注入療法2例およびバルーン閉塞療法1例,コイル塞栓術1例,経過観察6例.侵襲的治療例は,瘤の拡大や圧迫持続困難な例,肥満や高血圧,透析,抗血栓薬投与など,仮性動脈瘤発症の背景因子を複数個合わせ持つ症例であった.経過観察例は,背景因子を合わせ持つものの瘤径が小さいことや,抗血栓薬の中止により自然消失を認めた.穿刺部位別では,橈骨動脈,上腕動脈穿刺に伴う仮性動脈瘤は,適切に圧迫止血を行うことで侵襲的治療に至る症例は少なかった.一方,大腿動脈瘤は,解剖学的な位置関係や瘤径の増大により最も治療リスクが高かった.
結語:血管超音波検査で観察しえた26例の医原性仮性動脈瘤の治療可能性について検討した.瘤径の拡大や自覚症状の強い場合は,早期からのトロンビン注入療法や手術の適応となりうる.経過観察か侵襲的治療に踏み切るかは,超音波で得られた瘤径がまず先に考慮されるが,抗血栓薬を中止し,経過観察にて血腫化が得られた比較的大きな瘤や,瘤径は小さくともなかなか止血が得られなかった瘤も存在していたことから,背景因子を十分に考慮し,治療方針を決定することが重要と考えられる.
目的:介護保険サービスの利用で心不全再入院を抑制する可能性が報告されている.一方で,要介護度は心不全の予後不良因子であり,サービスの積極的導入の有用性に関しては根拠の蓄積が必要である.そこで,本研究では,入院中のサービス調整の有無と退院後のイベント発生との関連を調査した.
方法:研究デザインは後ろ向きコホート研究であり,心不全治療のために入院し,退院後にサービスを利用した高齢者を対象とした.入院中のサービスの変更状況によって,サービスの変更なし,変更または追加,新規利用開始の3群に分けた.主要アウトカムを複合イベント(心不全再入院,全死亡),副次的アウトカムを心不全再入院,心臓死,非心臓死として各イベントの発生率を群間比較した.その後,コックス比例ハザードモデルでの傾向スコアを用いた共変量調整法によって交絡因子を補正し多変量解析を行った.
結果:解析対象は135名であった(平均年齢84歳,男性46名).複合イベントおよび心不全再入院の発生率は3群で有意に異なり(ログランク検定:p=0.019,p=0.041),サービス変更なし群で最も予後不良であった.複合イベントを目的変数とした多変量解析では,サービスの変更が低いイベント発生率と関連する傾向にあった(ハザード比0.25,95%信頼区間0.06-1.05,p=0.058).
結語:入院中にサービスを調整した集団ではイベント発生率が低く,入院中に適切なサービスの調整を行うことの重要性が示唆された.
症例は40代男性.心雑音にて当院受診し心臓超音波検査で中等度大動脈弁狭窄症(AS)と後尖逸脱による僧帽弁閉鎖不全症(MR)を指摘されるも無症候性にて経過観察となった.入院2カ月前から夜間39℃の発熱を認め近医にて抗菌薬加療が開始されていたが症状改善に乏しく,全身倦怠感と呼吸困難増悪あり夜間当院救急搬送された.炎症反応上昇に加え,疣贅と弁破壊による新規大動脈弁閉鎖不全症(AR)を認め感染性心内膜炎(IE)と診断した.造影CTおよび心エコー再検の結果,3弁と思われていた大動脈弁は大動脈二尖弁(BAV)と交連部に形成されたバルサルバ洞仮性動脈瘤(PSV)であると判明した.抗菌薬投与と心不全治療にて発熱および心不全症状は速やかに改善したがPSVは破裂リスクが高く,第11病日に開心術(Bentall手術,僧帽弁輪形成術)を施行した.術前にIEの感染源となった齲歯5本を抜歯している.術後抗菌薬を4週間投与,自宅退院し7カ月経過した現在も再燃なく経過している.今回我々はBAVにIEおよびPSVを合併した症例を経験したので報告する.
症例は59歳男性,入院3日前より感冒症状を自覚し近医受診した.その後,ふらつき,倦怠感が出現し当院へ受診した.血圧79/60 mmHg,脈拍114/分,12誘導心電図で広範なST上昇を認め,左室駆出率20%の全周性壁運動低下と心嚢水を認めた.心筋梗塞の疑いで緊急冠動脈造影を施行したが,冠動脈は正常であったため,心筋生検を施行した.肺動脈カテーテルでは肺動脈楔入圧21 mmHg,肺動脈圧26/19 mmHg(平均肺動脈圧22 mmHg),右房圧21 mmHg,心係数1.64 L/分/m2,混合血酸素飽和度48%であった.心原性ショックと診断しIMPELLA CPと強心薬を使用することで心係数は2.8 L/分/m2へ上昇した.循環動態の維持に必要な心拍出量を確保したことで多臓器障害を認めず,心機能の経時的な回復を認めた.第6病日にIMPELLA CPを離脱し,第21病日に自宅退院となった.病理診断の結果,急性ウイルス性心筋炎と診断した.IMPELLAの劇症型心筋炎に対する有用性を示すエビデンスはまだ乏しいが,早期に導入し適切な補助流量を維持することで生存率の改善が期待される.本症ではIMPELLA CPの導入により劇症型心筋炎から回復した1例を経験したため文献的考察を加えて報告する.
心疾患の既往のない70歳代男性.約1カ月前に多発性脳梗塞で近医に入院し,保存的加療にて,後遺症なく退院した.入院中に偶発的に見つかった十二指腸腫瘤の精査目的に当院消化器内科に入院した.入院時,発熱があり抗菌薬治療が開始された.第6病日,突然の腹痛,血圧低下をきたし造影CTにて肝動脈瘤および腹腔内出血を認めたことから,肝動脈瘤破裂による出血性ショックと診断した.破裂肝動脈瘤に対して,経カテーテル動脈塞栓術を施行し止血に成功した.血液培養の結果,口腔内連鎖球菌が検出され,第7病日に経胸壁心エコー検査を行ったところ僧帽弁前尖に疣贅を認め,感染性心内膜炎と診断され当科に紹介された.緊急での手術適応はなく抗菌薬治療を継続したが炎症反応の改善が乏しく,第60病日に疣贅摘出ならびに僧帽弁形成術を施行した.感染性心内膜炎に合併する肝動脈瘤破裂は非常に稀であるが,破裂例の死亡率は高く,迅速な対応が必要である.感染性心内膜炎の経過中,急激な腹痛や血圧低下を認めた場合,腹部動脈瘤破裂を鑑別に挙げる必要がある.
症例は60歳男性.脊柱管狭窄症が既往にあり,持続する腰痛のため近医受診し磁気共鳴画像を撮像され大動脈解離が疑われたため当院に転院搬送となった.造影CTでは下行大動脈にエントリーを認める偽腔開存型B型急性大動脈解離であった.初診時には腹部4分枝は真腔より分岐しており下肢血流も保たれていた.降圧安静加療を行い,リハビリテーションを開始した.入院後第19病日より日内変動を伴い姿勢により変化する下肢のしびれ症状が出現した.血流障害は伴わず神経内科,整形外科と併診し脊柱管狭窄症に伴う症状を疑い,鎮痛薬を使用し経過観察とした.入院後第24病日に両下肢の大腿より末梢側の感覚障害,運動障害が出現し,身体所見上も両側大腿動脈の触知が不可であり血流障害も認めた.造影CTにて真腔の高度狭窄を認めたため,脊髄循環,下肢血流の循環改善のため,エントリー閉鎖目的に緊急の胸部ステントグラフト内挿術(TEVAR)を行った.TEVAR後は再灌流障害をきたすことはなく,両側足背動脈も良好に触知するようになり術後より両下肢の動きを認めた.その後リハビリを行いながら高気圧酸素療法(HBO)も施行し,術後9日目には起立訓練も開始できるまでに回復した.B型急性大動脈解離による肋間,腰動脈の血流障害により発症した対麻痺に対して,エントリー閉鎖ならびに真腔拡大目的で行ったTEVARが奏功した1例を経験したため報告する.
胸腹部大動脈瘤に対する手術治療は人工血管置換術が標準術式であるが,手術侵襲や術後死亡率の高さ,対麻痺をはじめとした合併症等の問題がある.近年では外科手術に代わり,ステントグラフト手術の優位性が示され始めている.完全血管内治療として既製のステントグラフトとカバードステントを用いて分枝を温存するSnorkel techniqueがある.症例は80歳女性,検診で最大短径60 mmのCrawford Ⅴ型の胸部大動脈瘤を指摘され,手術の方針となった.患者背景と希望を考慮し,血管内治療を選択した.TEVARと二期的に分けて上腸間膜動脈から腹腔動脈末梢血管への側副血流を確認して腹腔動脈をコイル塞栓した.Snorkel techniqueを用いて上腸間膜動脈と両側腎動脈の3本にカバードステントを留置し,TEVARを施行した.術中造影でエンドリーク等合併症なく終了した.しかし,手術時間が長かったため,術中の下肢虚血の影響で,術翌日に再灌流障害によると思われる右下腿のコンパートメント症候群を発症し,減張切開を施行した.術後CTでは各Snorkel graftは開存し,エンドリークは認めなかった.下肢以外の臓器障害はなく,術後13日目に独歩退院となった.本症例に対してSnorkel techniqueを用いたTEVARは有効な治療法であると考えられた.右下腿コンパートメント症候群に関しては術中のリアルタイムモニタリングによって,発症を予防できた可能性がある.