背景:経カテーテル的大動脈弁置換術(TAVI)は,重症大動脈弁狭窄症の治療として,超高齢者や外科的手術のハイリスク症例に広く行われるようになった.TAVIは薬物療法と比較し生命予後を改善させるが,術後に日常生活動作(ADL)評価や手段的日常生活動作(IADL)が低下する症例がみられる.
目的:TAVI術後のADLとIADLの変化を調査し,術後ADLとIADLの変化に関連する因子を検討する.
対象・方法:2015年6月から2017年10月までにTAVI術前と術後外来1カ月時に評価を施行した68例(平均年齢85±4歳,女性50名)を対象とした.術前と外来時のADLの評価にはKatz Indexを用い,IADLの評価にはFAI(Frenchay Activities Index)を用いて比較を行った.また術後IADL変化に関連する術前因子に関して検討を行い,有意差がみられた項目をロジスティック回帰分析で多変量解析を行った.
結果:手術前後でKatz Indexに低下は認められなかったが,FAIは有意に低下していた.FAI低下に関わる因子として,年齢や併存疾患,Frailty,認知機能には差がみられなかったが,大動脈弁最高血流速度,平均圧較差,僧帽弁閉鎖不全(MR)の重症度,三尖弁収縮期圧較差(TRPG)が有意に高値であった.多変量解析では大動脈弁最高血流速度とMRの重症度がFAI低下の独立因子であった.
結語:TAVI術後,ADLは維持しているが,IADLは低下していた.術前の大動脈弁最高血流速度が速く,MRがより重症である患者は術後にIADLが改善しない可能性が示唆された.
症例は52歳,男性.28歳時にムコ多糖症・型Scheie症候群と診断され,44歳より酵素補充療法が開始された.当初より大動脈弁狭窄を指摘されていたが,酵素補充療法にもかかわらず狭窄が進行し,手術適応の評価のため入院となった.心エコー検査上,有効弁口面積係数0.39 cm2/m2,大動脈弁平均圧較差49.6 mmHgと高度狭窄であった.軽度の僧帽弁狭窄と,冠動脈造影で左前下行枝に有意ではないびまん性狭窄病変を認めたが,大動脈弁単独置換術を実施した.術直後の経過は良好であったが,術後6日目に冠攣縮が原因と考えられる心室細動を発症,心肺蘇生後PCPSによる補助循環を必要とした.冠血管拡張薬にて血行動態は安定し,術後9日目に補助循環を離脱し術後51日目に退院した.切除した大動脈弁の病理組織像は非特異的硬化病変であった.Scheie症候群では心臓弁膜症は酵素補充療法下でも進行し,心臓周術期の重篤な合併症に注意が必要である.
症例は33歳女性,2経妊1経産,妊娠12週5日.左下肢全体の腫脹を主訴に前医を受診,深部静脈血栓症を疑われ当科を紹介受診した.血液検査でD・Dダイマー22.6 μg/mLと上昇しAT(アンチトロンビン)Ⅲ活性42%,抗原量9.5 mg/dLと低下していた.血管エコー検査で左膝窩静脈から下大静脈まで連続する血管拡張を伴う低エコー像を確認,造影CTで同部位ならびに両側下肺動脈内に血栓を認め,ATⅢ欠損症による深部静脈血栓症,肺塞栓症と診断した.直後よりヘパリンNa持続静注およびATⅢ製剤の補充を開始し,下大静脈フィルターを留置した.血栓の退縮を認めたため第27病日に下大静脈フィルターを抜去,その後ヘパリンCaおよびATⅢの補充を継続し外来管理とした.妊娠23週に全前置胎盤,癒着胎盤と診断され出産時の大量出血のリスクが懸念されたため,帝王切開術・子宮全摘術を施行する予定とした.妊娠35週2日にハイブリッド手術室にて,尿管ステントおよび両側内腸骨動脈にバルーン留置し帝王切開術にて児を娩出,直後に内腸骨動脈バルーンを拡張し出血コントロール下に子宮全摘術を施行した.危機的出血や血栓症の再発なく経過し,術後5日目に独歩退院した.多職種の連携による集学的治療が奏功したATⅢ欠損症による肺塞栓症・深部静脈血栓症,全前置胎盤,癒着胎盤合併妊娠の1例を経験したので報告する.
症例は57歳男性.健診心電図で右脚ブロック,右側胸部誘導でsaddleback型ST上昇を指摘され当院を受診した.失神等の既往はなく,Holter心電図でも所見を認めないために経過観察となった.2年後に兄が62歳で突然死した.心電図はcoved型ST上昇に変化していた.Brugada症候群が疑われ,電気生理学的検査を予定したが,その際に施行した冠動脈造影検査で左冠動脈主幹部に90%,前下行枝中間部に75%,第一対角枝に90%の狭窄を認めた.冠動脈バイパス手術が施行され,術後は心電図でのST上昇は消失した.術後7年間,無症状で経過しており,Holter心電図,運動負荷試験でも有意な所見を認めていない.Brugada型心電図に心筋虚血が合併することが報告されている.右冠動脈円錐枝の梗塞や冠攣縮に伴う一過性変化はいくつか報告されているが,左冠動脈近位部狭窄に伴う一過性変化は稀である.本症例では左冠動脈の虚血の解除によりBrugada型心電図変化が消失したこと,また術後7年間,無症状で経過しており,Holter心電図,運動負荷試験でも有意な所見を認めていないことより,左冠動脈近位部の狭窄が原因でBrugada型心電図を呈したと考えられた.Brugada型心電図を呈した重症心筋虚血の1例を経験した.Brugada型心電図を認めた際には器質的冠動脈狭窄の評価が必要と考えられたため報告する.
既往歴と家族歴のない17歳男性.高校で部活中の労作時息切れを主訴に,当院循環器内科を受診した.心電図ではⅢ,aVF誘導でST低下を認め,心エコーではLVEF(left ventricular ejection fraction)50%と左室収縮能の軽度低下を認めた.胸痛症状はなく,ホルター心電図で有意なST変化および不整脈は指摘されなかった.運動負荷試験(トレッドミル)でも運動耐容能は低下なく,負荷による心電図変化はなかった.心臓MRIではLGE(Late gadolinium enhancement;遅延造影)は認めなかった.原因検索目的にカテーテル検査を施行.CI 2.83 L/min/m2であった.冠動脈に器質的有意狭窄は認めないが全体的に狭小であった.アセチルコリン負荷試験を施行したところ,左前下行枝,左回旋枝に99%狭窄,右冠動脈は75%狭窄を認め,臨床症状と合致する強い息切れ症状と心電図変化を伴った.冠攣縮性狭心症の診断に至り,内服加療を開始した.治療開始し労作時息切れ,左室収縮能は改善を認めた.冠攣縮性狭心症の若年発症例は稀と考え報告する.
症例は高血圧,発作性心房細動などで他院通院中の58歳男性.2017年12月から左下腿浮腫と疼痛が出現し,当院を受診した.来院時Dダイマー 4.21 μg/mLと高値であり,下肢エコーを施行したところ,左大腿静脈から膝窩静脈にかけての広範な領域に浮遊性血栓を認めた.造影CTでは両側肺動脈に血栓を認めたため,急性肺動脈血栓塞栓症および深部静脈血栓症と診断し,入院加療の方針とした.同日,右内頸静脈よりALN下大静脈フィルターを挿入し,抗凝固療法を開始した.入院第6日に造影CTを施行したところ,肺動脈の血栓は縮小傾向であったが,ALN下大静脈フィルター脚の先端が下大静脈壁を穿孔し,大動脈まで穿孔している所見が得られた.そのまま永久留置の方針も考慮されたが,入院第13日に,手術室にて全身麻酔でALN下大静脈フィルターを経カテーテル的に回収した.この際,万が一,フィルター抜去時に大動脈から出血した際にすぐに大動脈ステントグラフトの内挿もしくは開腹手術で対応できるように,大動脈ステントグラフトを準備し手技を行った.下大静脈フィルター回収後,疼痛や出血などの出現は認めなかった.
大動脈穿孔したALN下大静脈フィルターを,経カテーテル的に回収し得た症例は稀と思われ若干の考察とともに報告する.
症例は65歳の男性であり,労作時の胸痛を主訴として他院を受診して不安定狭心症(前下行枝近位部99%狭窄),中等度大動脈弁狭窄症,低左心機能(EF=22%),Leriche症候群と診断され治療目的に当院へ転院となった.冠動脈バイパスと大動脈弁置換の方針とした.低左心機能のため周術期に大動脈内バルーンパンピング(IABP)を要する可能性があったが,下肢からの挿入は不可能であり,また術中に他の経路から緊急的に挿入することは困難であるために,術前に上肢からIABPを予定挿入することとした.麻酔導入前に放射線透視下で左上腕動脈よりIABPを挿入しバルーンを遠位弓部から下行大動脈内に留置し,冠動脈バイパス術と大動脈弁置換術を施行した.第1病日にIABP,人工呼吸を離脱した.以後の経過は順調であり,独歩退院となった.
甲状腺中毒症患者に対するヨード造影剤の使用は,致死的疾患である甲状腺クリーゼ発症のリスクがあり禁忌とされている.しかし,同様に致死的疾患である急性冠症候群(ACS)の診断・治療のためにはヨード造影剤を使用した冠動脈造影が必須であり,両疾患を合併した症例でのヨード造影剤使用は総合的な判断が求められる.今回,甲状腺中毒症合併のACS患者に対して経皮的冠動脈インターベンション(PCI)施行し,ヨード造影剤を用いたが甲状腺クリーゼの発症を認めず治療し得た1例を経験したため報告する.
症例は70歳代男性.労作時の胸部不快感が増悪し安静時にも改善しないため当院を受診した.心電図では広範なST低下とトロポニンT陽性を認め,高リスクの非ST上昇型ACS(NSTE-ACS)と診断した.身体所見・検査所見で甲状腺中毒症の合併を認め,ヨード造影剤使用による甲状腺クリーゼ発症のリスクが考えられたが,内分泌専門医と討論し,患者の同意を得た後,冠動脈造影を実施した.右冠動脈近位部に有意狭窄を認め,同部位にPCIを実施し成功した.その後,甲状腺中毒症に関連する数日間の嘔気と1週間程度続く38℃の熱発に対して対症療法を実施し,甲状腺クリーゼをきたすことなく術後1カ月で退院した.
高リスクのNSTE-ACSでは保存的加療と比べて早期侵襲的治療戦略の有用性が示唆されている.甲状腺中毒症を合併する場合でも内分泌専門医と連携の上でのヨード造影剤を使用したPCIは有用な選択肢と考えられる.