エタノールは私たちの生活になじみ深い物質であり,飲料,医薬品,化粧品等の分野で利用されている。また,エタノールを高濃度で含有した水溶液は手指の消毒や生活環境の除菌に有効である。市販の手指消毒剤を容器からの吐出形態で分類すると,液状,ミスト状,ジェル状,泡沫(フォーム)状のものなどがある。気泡は一般に,気体と液体の界面に界面活性剤が吸着し,液体の表面張力が低下することで安定化される。しかし,エタノールが水溶液中に共存すると,気/液界面への界面活性剤の吸着が阻害されるようになるため,高濃度エタノール水溶液を泡立てることは困難である。本稿では,高濃度エタノール水溶液(60 vol.%)の泡沫安定性を高めるには,陰イオン性界面活性剤,高級アルコール,ならびに無機塩の共添加が有効であることを紹介する。その主たる要因は,表面粘度の高まりにより,泡膜からの排液が抑制されたことにあったと考えられる。これらの研究成果が,泡沫状で提供可能な手指消毒剤の開発に資することを期待する。
豊かな泡立ちは,香粧品用洗浄剤の最も重要な特徴の一つである。「起泡力」や「泡の安定性」など,泡の視覚的・物理的側面についての研究は数多く行われてきたが,「心地よさ」や「優しい感じ」など,泡がもたらす感性価値の科学的起源についてはよくわかっていない。毛髪や皮膚に泡が塗布され,広げられる際にどのような要因が働いているのかを理解するため,性質の異なる複数の固体基板への泡の付着性に着目し,泡のレオロジー特性を検討した。その結果,固体表面上での泡の流動性は,固体表面の特性と表面上に存在する薄い水膜に大きく依存することが示唆された。
メイク落としの基本的な価値は,メイクを落とす能力とさっぱり感であることが知られている。さらに,高いレベルのニーズとして,「肌に負担がかからない」「液だれしない」「洗い流しやすい」などがある。これらの課題を解決する有力な候補として,泡タイプのメイク落としが想定されてきた。しかし,化粧料には疎水化された粉体,ワックス,皮膜形成剤などの疎水性固形成分が多量に含まれている。これらの成分が泡膜に侵入して破泡してしまうことや,泡を形成する界面活性剤が一般に高い親水性を有することなどが原因で,泡タイプのメイク落としを作ることは従来不可能であった。
我々は,陰イオン/両性界面活性剤混合物を,メイクアップ除去能力に優れていることで知られるバイコンティニュアスマイクロエマルション(BME)相にハイブリッド化することに成功した。この溶液をポンプフォーマーから吐出すると,濃密な泡が形成され,泡状のメイク落としが初めて実現した。さらに,この泡状メイク落としがメイクに触れると,メイクアップが自発的に溶解するという興味深い現象を発見した。
この現象は,メイクとの接触により適度な消泡が起こり,界面活性剤分子が空気/メイク落とし界面からメイクとの界面へ供給され,界面張力の不均一化によって水流が生じてメイクを落とすものである。泡状BME相によって達成されるこの泡の新規機能により,上記の消費者ニーズを満たす新規メイク落としの開発に成功した。
泡沫分離は水溶液中に溶解した物質を界面活性剤とともに分離・除去できる方法である。装置を用いて溶液中へ多数の気泡を送り込むと,気泡界面に界面活性剤(両親媒性物質も含む)の吸着膜が形成する。その気泡は物質を吸着しながら界面に浮上し,泡沫となる。長い管内での泡沫の上昇中に,排水に伴う物質の濃縮が進み,水溶液中の物質を泡沫として分離する。その除去機構は界面活性剤と物質の気-液界面での吸着であり,静電相互作用に基づく場合が多い。金属イオンの除去に関しては,界面活性剤の親水基のサイズと金属イオンの結晶イオン半径に相関があることが分かった。泡沫分離系でのイオン性色素の除去の研究から,イオン性色素は,その反対の電荷をもつ界面活性剤を使用すると除去できる。一方,両性界面活性剤の場合は,アニオン/カチオン色素を両方除去できる。泡沫分離の欠点は,除去に時間を要することである。イオン性ポリマーを併用すると,除去速度に関して相乗効果が高い界面活性剤があることが判明した。一方で,界面活性剤の種類にともない,ポリマーの使用は除去速度を低下させる場合がある。最後に,脱細胞を目的とした臓器の洗浄に泡沫分離法を適用する研究を報告する。