古代において,ガラス製品は実用品であったと同時に,その美しさと稀少性から交易品としても珍重された。古代のガラス職人たちは身の回りにあるさまざまな材料を駆使し,色とりどりのガラス製品を生み出していた。古代のガラス製品の化学組成は原料の種類や採取地の違いを強く反映することから,起源推定のための重要な指標となる。筆者らは文化財のその場(オンサイト)分析に応用可能な可搬型の蛍光X線分析装置を開発し,国内外の考古遺跡や博物館において古代のガラス製品の非破壊化学組成分析へと応用してきた。本稿では,古代ガラスの理化学的分析に関する概説と,筆者らがわが国の貴重な国宝に対して実施した最新の研究事例を紹介する。
一般的に,工業原料には必ず不純物としての鉄が含まれるため,鉄を含まない工業用ガラスはほとんど製造されていないと言ってよい。ソーダライムガラスに含まれる鉄は,紫外線から赤外線までの広い波長範囲の光を吸収するが,鉄イオンによる光吸収と配位および周囲のイオンの構造との関係についての報告は少ない。
本研究では,アルカリ土類イオンを含むソーダケイ酸塩ガラス中の鉄イオン周囲の構造を詳細に解析する。Na2O-RO-SiO2ガラスのROをCaOまたはMgOとしたガラスにFeをドープし,Fe2+に焦点を当てるために,ガラスは還元雰囲気下で作製した。Fe2+の周囲の構造は,Mössbauer分光法,分子動力学シミュレーション,X線吸収分光法によって調査した。その結果,アルカリ土類をCaOとした場合,Fe-O間距離が増大するとともにFe2+の6配位の構造が歪むことが示唆された。
β-石英固溶体を析出させた耐熱低膨張結晶化ガラスは,温度変化による膨張や収縮の量がきわめて小さいことから,身の回りのさまざまな耐熱用途で使用されている。防火窓や調理器のトッププレートの用途では外観が重要であるため,この結晶化ガラスの着色に関する理解が必要とされてきた。実用で重要となる鉄イオンおよびバナジウムイオンによる着色について調査したところ,結晶化過程で着色成分はガラス相に残存して濃縮され,チタニウムイオンと共存することで強い発色を呈することが明らかになった。