急性心筋梗塞におけるポンプ失調の発症について, 従来より梗塞巣の拡大が強調されているが, さらに非虚血部心筋にも代謝障害が生じ, 心機能低下の原因の一つになっている可能性がある.われわれは, この点について左室内圧の低下と非虚血部心筋の代謝障害, エネルギーレベルなどの関連について検討した.雑種成犬20頭を, ウレタン-αクロラロースージアゼパム静脈麻酔, 調節呼吸下に開胸し, 左冠動脈回旋枝を起始部より約1cmで結紮し, 急性心筋梗塞を作成した.経時的に左室内圧 (LVP) , 肺動脈圧及び心拍出量 (CO) を測定し, 結紮120分後の心摘出前にドリルバイオプシーにより虚血部, 非虚血部心筋を採取し, 心内膜側 (Endo) と心外膜側 (Epi) に2分して, ただちに凍結させ, 除蛋白後, 酵素法でATP, lactate, pyruvateを測定した.さらにEndo, Epi各々39から, Harigaya-Schwartzの変法により心筋小胞体 (SR) を抽出し, Ca
++-ATPase活性の測定と同時に, SDS-ゲル電気泳動によりSR蛋白の分画定量を行った.冠結紮120分後, 虚血部心筋において, ATP含有量は, Endo, Epiともに著明な減少を認め, lactate含有量はともに非虚血部心筋の2.2倍に増加した.SRのCa
++-ATPase活性はEndoで42%, Epiで49%に有意に減少した.ATPase主蛋白の組成も有意に減少し, 虚血部では小胞体膜の崩壊すなわち壊死性変化を示した.LVPが平均で前値の約70%に有意に低下した群 (D群) とそうでない群 (ND群) を比較すると, 非虚血部心筋においてD群のATP含有量はEndoでND群の74%に減少し, 心筋ATP含有量はEndoでLVPの低下に伴って減少し, 有意な正相関を認めた (r=0.666, P<0.05) .SRのCa
++-ATPase活性は, 常にEndoがEpiより有意に低値でありEndoでND群は, 平均7.78μmolesPi/mg protein/hrに対しD群は, 4.61であり, EpiでもND群9.21に対しD群5.60に, ともに有意な減少を認めた (P<0.001) .Endo, Epiともに活性は, LVPの低下に伴って低下し有意な正相関を認めた (r=885, 0.886, p<0.001) .SDS-ゲル電気泳動によるSR蛋白分画に変化はなかった.梗塞巣のサイズ, 冠動脈構築上の差異, カテコールアミンの分泌などの相互作用により左室内圧が低下した場合には, 冠灌流の減少に伴い, 非虚血部心筋のエネルギー代謝も重大な障害を受ける.本研究においても, 非虚血部心筋においてSRのCa
++-ATPase活性はEndo, Epiともに, 心筋ATP含有量はEndoで, 左室内圧の低下と有意な相関を認め, 非虚血部心筋でも左室内圧の低下に伴いエネルギー産生障害とともに収縮系の障害が生じていることが示され, 更に冠灌流の減少, 心収縮力の低下という悪循環を形成することによりポンプ失調に進展する可能性が示唆された.
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