腸管スピロヘータ症Intestinal spirochetosis(IS)は,Brachyspira属グラム陰性桿菌であるBrachyspira aalborgiおよびBrachyspira pilosicoliによる人畜共通感染症で,大腸粘膜上皮表層に好塩基性で毛羽立ち状に付着したpseudo brush border様構造として認められる.欧米では大腸生検の2~7%に認められる.本邦では研究報告が少なく感染頻度は極めて稀とされるが,いまだに十分に解明されていない.ヒトにおけるISの病原性についても議論がある.われわれは大腸病理検体を用いて,日本におけるISの発生頻度および臨床病理学的特徴を検討した.4か月間に連続的に単一医療機関で診断された大腸病理検体1025例を前方視的に解析した.Hematoxylin-Eosin染色標本を検鏡し,大腸粘膜上皮にpseudo brush borderを認めた症例を組織形態学的にISと診断し,同症例のホルマリン固定パラフィン包埋組織切片から抽出したgenomic DNAを用いてB. aalborgiおよびB. pilosicoliの種特異的塩基配列を標的としたPCR法による遺伝子診断を行ってIS感染を確認した.IS感染を示すpseudo brush borderの多くは,正常粘膜上皮細胞の表層部に認められた.1025例のうち42例(4.1%)を組織形態学的にISと診断した.42例に遺伝子解析を行い,37例(88.1%)にB. aalborgi感染,8例にB. pilosicoli感染が確認され,5例(11.9%)の重複感染を含む,40例(95.2%)に遺伝子検査でIS感染を確認し得た.42例の年齢中央値は59歳(31~77歳)で,36例(85.7%)が男性であった.大腸内視鏡検査動機は検診(33.3%)が最も多く,次いで大腸ポリープ経過観察(26.2%),検診便潜血精査(23.8%)であり,消化器症状(便秘)精査目的は2例(4.8%)のみであった.病理診断は低異型度管状腺腫が24例(57.1%),過形成性ポリープが14例(33.3%)だった.38例(90%)で消化器症状を認めなかった.消化器症状を認めた4例もISと消化器症状との関連は明らかではなかった.IS感染に対する治療を行った例はなかった.従来の後方視的研究から日本のIS感染頻度は欧米に比して極めて低い(0.19~0.9%)とされてきたが,本研究(4.1%)では欧米と同等の感染率だった.本研究では前方視的に連続する全大腸検体を同一の病理医が診断し,遺伝子診断でIS感染を確認しており,IS診断の連続性,均一性,信頼性は高いと考えられた.IS感染者の90%が無症状であること,内視鏡検査実施動機の93%が検診,便潜血精査等の消化器症状精査以外であったこと,内視鏡像で特異的所見がないこと,菌体が大腸正常粘膜上皮の表層部に多くみられたことから,IS感染はヒトにおいては病的感染ではなく,偶発感染である可能性があると考えられた.
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