近年, 急性心筋梗塞の発症早期に出現する重症心室性不整脈の発生と虚血心筋代謝障害との関連が興味をもたれており, リン脂質の崩壊産物やエイコサノイドなどの研究がなされているが, その源となる膜の構成脂肪酸そのものの変化についての報告は少ない.本研究では, 実験的急性虚血心から膜性微小器官を分画し, リン脂質構成脂肪酸の変化と不整脈発生との関連を検索し, さらに, その機序についてin vitroで検索を行った.成犬30頭をペントバルビタール静脈麻酔下に開胸し, 左冠動脈前下行枝の完全結紮により1時間, 3時間の急性虚血心を作成した.虚血中ホルター心電図を記録し, 心室性期外収縮 (VPC) の多少より不整脈群 (A群) , 非不整脈群 (NA群) に分け, A群はLownの分類3度以上とし, NA群はそれ以下とした.遠心分画法により心筋小胞体 (SR) , ミトコンドリア (Mt) を分離し, Folch水洗法によりリン脂質を抽出, 総リン量定量とガスクロマトグラフィー (GC) によりリン脂質構成脂肪酸の分画定量を行った.さらに, phospholipases (PLase) A
2およびCをCa
++存在下に反応させたSRよりリン脂質を抽出し, GCを行い, 比較検討した.総リン量は非虚血部SRで平均12.1μgPi/gwwを示し, 虚血1時間でA群74%, NA群で84%におのおの有意に減少 (P<0.001, P<0.05) し, Mtは非虚血部で588μgを示し, 虚血1時間でA群85%, NA群86%におのおの有意に減少 (P<0.01, P<0.05) したが, SR, Mtとも両群間に有意差はなかった.GCにより, リン脂質構成脂肪酸は, C
14, C
16: 0, C
16: 1, C
18: 0, C
18: 1, C
18: 2, C
20: 4, C
22: 6に分画された.非虚血部SRでアラキドン酸は18.7%を占め, 虚血1時間でNA群は19.9%と変化せず, A群では14.4%と有意に減少 (P<0.01) し, 虚血3時間でも同様であった.Mtでは, A群, NA群とも1時間, 3時間で各脂肪酸群の有意な変化はなかった.PLase A2処理SRではリン量に著しい減少は認めず, C
20: 4, C
18: 2の著明な減少を認めた.PLaseC処理SRでは, リン量は減少したが, 構成脂肪酸に著明な変化はなかった.本研究では, 最も早期から虚血性崩壊をきたし不可逆性変化の指標となり, リン脂質に富む膜性微少器官であるSR分画, Mt分画を抽出し, 虚血性障害と不整脈発生の関係を検討した.虚血1時間からA群, NA群とも両分画で総リン量の有意な減少が認められ, PLase C処理した結果と同様であり, 早期の虚血性心筋傷害の基礎メカニズムとしてPLaseCの活性化の関与が考えられる.さらに, A群でSRのアラキドン酸の減少を認め, PLase A
2処理でアラキドン酸の著明な減少をみたことから, 不整脈発生群ではPLase Cに加えてPLase A
2の活性化がおこり, アラキドン酸の遊離が関与している可能性が示唆された.
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