歐洲大戰亂の突發以來菌類並に細菌の培養に殆んど缺くべからざるペプトーンの輸入途絶したる爲其市價は戰前に比すれば八倍乃至十倍に騰貴し内國製品と雖も尚ほ一封十五圓の時價を保てり。之が爲菌類並に細菌研究所の培壌に要する經費は著しく増加し、就中我邦にて汎く野鼠驅除に應用せらるる野鼠窒扶斯菌の培養は甚だ失費多きことゝなれり。
是れ著者の一人が培壌製造上ペプトーンに代用すべき經濟的物料の研究に著手せる動機とす。硫酸アムモニア、炒大豆粉、大豆粕等に就て試驗を行ひたるに大豆粕は最も良結果を奏し其細〓せるもの三十瓦(水一立に對して)は二十瓦のペプトーン(細菌學上普通に使用する分量)に代用し得べきことを發見せり。此大豆粕煎汁にて寒天、膠、ブイヨン培壌を製して野鼠窒扶斯菌、諸種の植物病原菌並に非病原菌の培養を試みしにペプトーン添加の培壌と毫も異なることなく、野鼠窒扶斯菌の如きは一層良好の發育を爲せり。
是を以て大正五年以來西ケ原農事試験場に於ては特別なる研究の場合以外には菌類並に細菌の培養には皆此大豆粕煎汁培壌を使用することゝなり、又府縣農事試験場にて野鼠驅除用の野鼠窒扶斯菌は一般に本培壌を使用するに至れり。之が爲我邦の各農事試験場の菌類及細菌研究室の培壌に要する經費は著しく節約し得られたり。今時價に依り培壌一立に要する費用を比較すれば次表の如し。
井ツテ氏ペプトーン 2.0000〓
内國製ペプトーン 0.6600
大豆粕 0.0012
大豆粕の分析表に據れば微生物の營養こなる主要成分は粗蛋白質(カゼイン)及可溶性無窒物(水酸化炭素物)にして、可溶性窒素の量の多少にあらざることは次に記す大豆粕煎汁及ペプトーン溶液中に存在する全窒素量の比較に依りて明かなり。
大豆粕汁 大豆粕三〇瓦,水一立,一時間半煮沸) 0.73〓
ペプトーン溶液(ペプトーン二〇瓦,水一立,一時間半煮沸)14.55
斯くの如く大豆粕煎汁に溶解せる全窒素の量はペプトーン溶液の其れの約二十分一の少量に過ぎず而も尚ほ微生物の蕃殖の良好なるは窒素以外に他の營養分の存在するを以てなり。
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