1 稻熱病菌をその寄主に非ざる蕃茄に接種する時は, 接種せられたる蕃茄の葉の表皮細胞は菌の攻撃に對して抵抗するが如く動作し, 健全葉にありては表皮細胞膜壁の肥厚木化により殆んど完全にその侵入を阻止する。又, 菌の侵入絲によつて表皮細胞の上側壁膜が貫通せられた場合には, 侵入せる菌絲とその細胞の原形質との間に抗爭が行ほれるらしい。その結果は菌絲の枯死及び原形質の部分死となる場合と, その冒された細胞の黒色壞死となる場合とがある。後の場合に於ても, 侵入せる菌の侵害はその被侵入表皮細胞のみに止るのであつて, 被害部は四圍に擴大しない。これらの場合は麥類各種銹病菌の侵害に對する強抵抗性麥類の細胞の態度に髣髴たるものがある。
(2) 然るに生葉を傷つけこれに本菌をその培養寒天片と共に接種する時は, 培養菌叢の有する毒物の作用の爲に組織が中毒を來して壞死に陷り, 菌は容易にその傷口より侵入し, この中毒した壞死部中に蔓延する。即ち稻熱病菌による蕃茄葉の被害は, 生理障害を蒙つた部位のみに甚しく起り, 正常葉に於ては殆んど完全にその被害より逃れ得ることを知る。このことは蕃茄の葉をエーテルによつて麻醉せしめると菌の侵害が大となることからも證明せられた。
(3) 煮沸した葉或は固定劑にて處理した葉に對しては, 本菌は表皮貫通侵入をなす以外に氣孔からも容易に侵入して甚しく蔓延する。氣孔から侵入することはその部分が廣く開孔したままであることに大なる意義があると思はれる。
(4) 而して, これらの處理を施した組織内によく蔓延することから見て, 本菌の侵害に對する蕃茄の抵抗性は靜化學的抵抗性によるものではないらしいことがわかる。
(5) 以上の實驗により, 稻熱病菌の侵害に際して示される蕃茄の抵抗性は生活せる細胞の有する抗菌力にあるといふことが出來やう。而してこの抗菌力なるものは活力旺盛なる細胞に於ては大なるが如く, 幼組織なる胚・胚乳の細胞はこれに缺けるところが多い樣である。
(6) この抗菌力は細胞膜の肥厚木化となつて現はれる場合と, 侵入菌絲殺滅の方向に向つて行く場合とがあり, 後者は又, 菌絲は死しても細胞の死の現はれない場合と, 細胞が先づ黒色壞死に陷り, 而してその爲に菌の生長の阻害停止せられる場合とがある。
(7) 本實驗は單に稻熱病菌對蕃茄の抗爭の一場面を明かにしたのに過ぎないのであるが, 或病原菌が非寄主乃至強抵性寄主たる雙子葉植物を攻撃する多くの場合に廣くこの結果を擴大することが出來 又單子葉植物の場合に於てもその一部を除いては, この結果を敷衍し得るものと思ふ。
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