本研究の目的は,ブルーノ・タウトの建築思想における基層を明らかにすることである。考察は,日本を訪れる以前のタウトの思索における,いくつかの根本語の意味を解明することによってなされる。本稿ではタウトの「集合的(Collective,Kollektiv)」なる概念の意味を明らかにし,建築の目的についての彼の思索が,ユートピア的から合理的へと変容することの意義を明らかにすることが試みられる。これら2つの時期にはいくつかの特徴的な相違がみられることから,分析は以下の2章においてなされる。まず第2章「集合的見方の原初」では,芸術,建築,人間の統合に関するタウトの表現主義者的な見方がどのように形成されるかが遡及的に明らかにされる(第2章-1)。統合というタウトのアプローチは,グロピウス,ミース,ベーネなど,当時タウトの他に主導的であった建築家たちにも共有されるものであった。よって第2章-2では,当時のタウトが集合的見方によって何を意図していたのかを,より広い視野のもとで考察する。第3章は大きく2つの部分からなる。前半で問われるのは以下の点である。すなわち,表現主義やユートピア的社会主義者に由来する態度から合理主義者的な基盤をもつ態度へとタウトが移行したのち,1920年代末における彼の集合的態度の背後にはいかなる根拠があるのか,である。この間いのもとで,タウトにより1929年に英語で著された主著、『モダン・アーキテクチュア』が詳細に考察される。タウトの言葉を考察することによって,「集合的」態度は,たんなる機能的アプローチ,たんなる美学的アプローチへの拒絶として理解される。それゆえにここで、二つの概念、「実践目的」「美」がタウトにとっていかなる意味を有するのかが明らかにされる。タウトの思索における鍵概念「実践目的」(第3章-1-1)」「美」(第3章-1-2)の意味を各項において考察し,第3章-1-3において,タウトの集合的アプローチが取りあげられる。ここでは,2つの主題のあいだの対立を克服することをめざす,彼の言葉が引用され、解読される。最後に,本章後半「高い理想へ向けた建築」において,「生(life)」や「真実(Truth)」という哲学的内容を指し示すタウトの言葉に注目することで,彼のめざした建築がどのように変容するかを考察する。さらに,タウトの「住まい(Dwelling)」なる概念や,社会の指導者的役割としての「建築家」に関する彼の記述の理解を通して,タウトがめざした建築なるものが解き明かされる。
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