ビッグデータ同化によるゲリラ豪雨予測を例に,最先端の気象学研究で用いられるデータ同化の方法を解説し,気象学の枠を超えた将来展望を述べる.『応用物理』の読者の参考となるよう,「複雑系モデルと応用物理」という視点から,データ同化の具体的な方法論に焦点を当てる.データ同化は,大規模複雑系モデルと実測データを結び,数理モデルと現実世界を同期する一般的な方法論である.数値天気予報が発展してきた背景やデータ同化の役割を紹介し,多様な分野への応用可能性を含む今後の展望を述べる.
マクロ経済の現象には注目すべきパターンが存在する.そのパターンは法則というよりは,複雑な系に広く観測される統計的な構造であって,ときには壊れたり,変化したりすることがわかってきた.本稿では,経済のエンジンともいえる生産を担っている企業の興亡に関わる成長に焦点を絞って,近年入手可能になってきたデータ,とりわけ企業が仕入れ・販売の取引関係を通じて付加価値を次々とつけていく生産ネットワークに関わる複雑ネットワークとそのうえでの大規模シミュレーションにも触れながら,統計物理学の考え方や手法が有用であることを述べる.
スマートフォンの普及に伴い,人やモノの位置を測位し,さまざまな用途で活用する機会が増えている.本稿では,人の位置情報というプライバシーに関わる情報を保護しつつ,都市における人の位置を網羅的に扱えるようにすることで活用が期待されている人口統計データを基に,都市における人流を理解,予測する技術について概説する.
ディープラーニングをはじめとする人工知能技術の新たな適用先として芸術の創作が注目されており,絵画,音楽,文学などの分野で研究例がある.研究成果である計算機の「作品」の中には,オークションハウスにて高額で取り引きされたり,著名な美術館に展示されるような作品もあらわれている.こうした流れの中の1つの方向性として,すでにこの世に亡い芸術家の作風を機械学習し,その芸術家をほうふつとさせる作品の生成を試みるものがある.話題になったプロジェクトとしては,レンブラントや美空ひばりの例がある.現代日本を代表する芸術であるマンガにおいても,先ごろ手塚治虫の「新作」を生成しようとするプロジェクト「TEZUKA2020」が実施され,話題を呼んだ.本稿では,TEZUKA2020の概要と技術的背景を解説するとともに,人工知能技術を用いた発想支援の実践としての文脈からプロジェクトを評価する.
病院内で運用されている電子カルテシステムや各部門システムの電子データが一定期間蓄積され始めており,これらのデータを対象としたメディカルデータマイニング研究を推進し,実際のデータ(Real World Data)から新たな医学的エビデンス(Real World Evidence)を得られることが期待されている.本稿では高知大学医学部附属医学情報センターで行われている活動を例として取り上げ,実際の臨床データから研究利用できるデータへの変換作業および解析環境構築に必要なアプローチを紹介する.さらに,実際の解析結果から診療データを利用する場合に注意しておくべき視点や必要な方法についても紹介する.
社会やビジネスのディジタル革新に伴い,より高度で複雑な大量データを高速に処理するコンピュータが求められている.ムーアの法則が限界に近づく中,アプリケーションに特化したドメイン指向コンピューティングや量子コンピュータへの期待が増している.デジタルアニーラは,量子現象に着想を得た「組合せ最適化問題」を高速に解くことができるディジタル回路であり,ドメイン指向コンピュータの1つである.本稿では,まず現在の第3世代のデジタルアニーラの特徴を簡単に説明し,最近の分子構造類似度,電池材料開発,創薬応用の研究事例を通して,材料開発・創薬分野でのデジタルアニーラの活用の一端を紹介する.
デバイスや材料のこれまで利用されてこなかった応答を利用し,ニューラルネットワークを構築,またはその機能を取り出して情報処理に利用する可能性が大きく期待されている.有機材料の可塑性や内部の信号変換特性を利用したニューラルネットワークの構築はこれまでの概念と全く異なる実験プロセスを必要とする.
我々の作製した有機材料を用いたニューラルネットワークはその初段性能を見せつつある.本稿ではまずニューラルネットワークの仕組みの簡単な説明と,これをどのように実験的に学習させ,また性能を取得し,評価するのかという,基本の研究プロセス部分に焦点を置き,それらを説明する.
小型携帯機器から電気自動車まで幅広く蓄電池は利用されている.また,より高性能な蓄電池開発を目指し,多くの電池研究が今後見込まれる.そこで,本稿では電池研究に必要な基礎的事項を概説し,さらに電池反応の解析例として,サイクリックボルタモグラムと充放電曲線を取り上げ,リチウムイオン電池の黒鉛負極についての反応を紹介する.