わが国の科学技術の発展に向けて,長期的なビジョンを議論し,共有することは有意義である.応用物理学会では,昨年10月から,「応用物理における将来ビジョンマップ」(アカデミックロードマップ)の策定作業を進めてきた.この将来ビジョンマップは,既存の研究分野のビジョンの提示,新しい研究分野の開拓,「学」と「産・官」の間のコミュニケーション手段,また,応用物理学関連分野の魅力や将来ビジョンの提示,およびアカデミアから産業界にわたる幅広い人材の育成を目的としている.このために,応用物理学会では,将来計画委員会のもとで,応用物理学将来ビジョンワーキンググループを設置し,ここが事業を担当し,企画・運営にあたってきた.本稿は,これまでの策定にかかわる基本方針と経緯について述べるとともに,作成された19の将来ビジョンマップを掲載している.
今のロボットは,力が強く制御性がよい電気モーターによって駆動されている.しかし,重く,機械的な音や,電気ノイズが問題となっている.これから高齢化社会に向かって,より人間親和性が高い福祉ロボットの開発が望まれる.そのためにはモーターを使わない,より静かに柔軟に動くソフトアクチュエーターの開発が期待される.数種類のポリマーの中で,ソフトアクチュエーターとして実用化が始まったもの,動くだけのものから,基礎研究だけで終わったものなどさまざまある.まだ,人工筋肉にはほど遠いが,いくつかのソフトアクチュエーターの最新の状況と,導電性高分子によるソフトアクチュエーターの特性について解説する.
CMOSイメージセンサーは撮像機能だけでなく信号処理回路などをオンチップで集積化できるため,高機能化を目指した研究開発が活発に行われている.本稿では,高機能CMOSイメージセンサーについてロボットビジョンへの応用の観点からその最新動向を述べるとともに,バイオエレクトロニクス応用の一つとして失明患者の光覚再建を目指した人工視覚に関する研究動向を紹介する.
高分子アクチュエーターの研究開発が近年著しく発展し,性能が大きく向上しており,具体的に製品化の開発が行われている.その中で,社会的ニーズが高い介護ロボットの基礎的研究開発が,高分子アクチュエーターの特徴である小型軽量,柔軟,無音,高出力,少消費電力などを生かして行われている.
熱電変換材料の歴史は古いが,最近新しい材料として酸化物熱電変換材料が日本を中心に開発され,世界へ発信され始めた.本稿では,p型材料に比べて開発の遅れているn型材料のエースとして登場してきたSrTiO3 基材料について,現状と今後の展望を概観する.
われわれは1985年にJR3社と技術提携をした6軸力覚センサーを皮切りにフィルム状圧力分布センサー(Tekscan社との技術提携)の国産化を進め,力覚および圧力に特化したセンサーシステムの開発とさまざまな用途における応用を進めてきた.数年前から大学発の技術移転や経済産業省主管の委託開発プロジェクトに参画し,6軸力覚センサーの小型化や今までにない構造および原理を用いた新規の開発を実施してきた.新しく手がけた力覚センサー商品群の開発経緯および今後の展望を紹介する.
神経細胞は生体の情報伝達配線であり,かつ演算素子である.この神経細胞と人工物の間で情報伝達を仲介するデバイスは神経インターフェースと総称される.その開発に際してはインターフェースそのもの,またインターフェースが適切に情報を伝達しているかの評価に必要な身体模擬デバイスの両方が必要になる.ここでは,個々の細胞を対象とした細胞膜せん孔法,および移動・運搬能力に特化した動物模擬ロボットの二つの要素技術について,全体の背景となる神経インターフェースとの関連を含め,技術の成り立ちや今後の展開など紹介する.
トンネル磁気抵抗デバイスを用いたロジック回路の新しい構成方法として,TMRロジックを紹介し,集積チップの電力消費がますます深刻化する次世代ロジックLSI実現へ向けたインパクトについて,具体例を交えながら概説する.
近年のコンピューターの計算速度の急速な進歩により,数年前には不可能と思われた大規模計算が可能になりつつある.これに伴い,希土類添加蛍光体の光学スペクトルの予測のように,相対論効果と多体効果を同時に考慮しなければならない大規模電子状態計算も,ようやく実用的な速度で行えるようになってきた.このような計算を有効に活用すれば,従来実験主体であった希土類添加蛍光体の開発においても,理論主体の材料開発が可能になると期待される.本稿では,筆者らが開発した相対論配置間相互作用計算プログラムを用いた希土類添加蛍光体の光学スペクトルの第一原理計算に関する最近の成果について紹介する.