近年,未開拓電磁波と呼ばれてきたテラヘルツ波の技術がめざましい発展を遂げている.これまでこの分野を牽引してきたレーザーを用いてテラヘルツ波を発生する技術に加えて,電子デバイスや加速器を用いて発生する方法も進歩を遂げ,テラヘルツ波用の光学コンポーネントも開発が活発化してきた.また,応用も一段と多様化している.この現状を紹介するとともに将来展望について考える.
近年,テラヘルツ波光源,検出の研究開発は,世界に広く展開し,エレクトロニクス,またはフォトニクスの技術を駆使したさまざまな原理・手法により発展している.本稿では,非線形光学効果を用いた波長変換による方法で,光波からテラヘルツ波へ,またその逆過程と自在に操作し,サブTHzから数十THzまで,ほぼテラヘルツ電磁波領域の全域をカバーする波長可変テラヘルツ波光源,および広帯域・室温動作・高感度テラヘルツ波検出の開発に関して概説する.特に,高非線形性と低屈折率分散特性を有する有機非線形光学結晶の利用が注目されており,その進展を詳説する.
また最近,目覚ましくテラヘルツ波の高出力化が進み,新たなるテラヘルツ波利用の可能性を広げており,波長変換テラヘルツ波光源開発での高出力化の進展も紹介する.
本論文では,最近大きな進展のあったニオブ酸リチウムLiNbO3結晶を使った高強度テラヘルツパルスの発生法について詳述する.次に,テラヘルツ強電場が半導体多重量子井戸(ZnSe/ZnMgSSe)における励起子およびバンド間遷移による光吸収を大きく変調させる実験結果について述べる.さらに,1MV/cm程度のテラヘルツ強電場がGaAs多重量子井戸試料においてバンド間電子励起を可能にし,励起子発光の観測を実現した最新の研究成果について紹介する.
生体の活動は,多くのタンパク質,イオンによる生体相互作用によって成り立っている.この相互作用がどのような反応経路をたどり,機能発現するかの多くは不明であり,有用なツールの開発が望まれている.本稿では,水溶液中の化学反応分布を可視化するために開発されたテラヘルツ波ケミカル顕微鏡の原理を解説するとともに,バイオセンシングの例を紹介する.
0.5〜2.5THz帯の電磁波は,電波のように紙・繊維・ビニール・プラスチックなどを透過する性質をもち,光波のように取り回しやすく,さらに,試薬類が指紋スペクトルを有するというユニークな性質を併せもつため,隠蔽された薬物や爆薬の検査への応用が期待されている.禁止薬物を国際郵便に封入させて密輸するという事例が多いが,郵便物は捜査令状なしで開封ができないため1),非破壊で内容物を特定する技術が求められている.本稿では,筆者らが20年にわたり開発を進めてきた非線形光学効果による広帯域波長可変テラヘルツ光源を用いた分光測定システムについて紹介する.赤外分光光度計のテラヘルツ版ともいうべきシンプルな手法ゆえに,遮蔽物からの散乱などに強いというメリットを有しており,最近の波長可変光源の性能向上と相まって安全・安心分野への実用化が今後期待されている.
光周波数コムは,電波領域と光波領域の周波数を高精度にリンクすることを可能にしたため,超精密分光や光周波数標準をはじめとした分野で革命的進展をもたらし,2005年ノーベル物理学賞につながった.一方,周波数コムをテラヘルツ(THz)領域まで拡張できると,電波〜THz波〜光波というきわめてワイドレンジな電磁波領域に共通した「周波数」という物理量を,コヒーレントにリンクできる.その結果,各電磁波領域の境界を越えて,周波数を同一精度で論じることが可能になる.本稿では,周波数コムによるコヒーレント周波数リンクとそれに基づいたTHz周波数標準技術について解説する.
テラヘルツ時間領域分光は,近年,装置開発,応用測定ともにますます活発になってきている.本稿では,テラヘルツ分光測定のための標準サンプルの開発,有機結晶のスペクトル解析,塗装膜厚測定,電子材料の電気特性,医薬品の分光イメージングについて,我々の取り組んでいる研究開発の内容を紹介したい.
スピントロニクスの進展とともにスピンの超高速制御の期待が高まっている.これまでにも超短光パルスを用いてスピンを制御した例はあるが,これらは全て光の電場成分を用いた間接的な励起によるものであった.我々はテラヘルツ波を磁場パルスとして直接スピンに作用させて制御することを試み,スピン歳差運動をサブピコ秒の時間分解能で超高速にコヒーレント制御することに成功した.スピン歳差運動の振幅の制御や,特定のスピンモードの選択励起をはじめ,スピンのエネルギーをテラヘルツ波パルスに回収するなど興味深い結果が得られたので,これらの成果について紹介する.
画素数320×240,画素ピッチ23.5μmのボロメータ型非冷却テラヘルツアレイセンサに関して,広帯域型と狭帯域型の2種類の画素構造とNEP(Noise Equivalent Power,雑音等価電力)の特性について解説し,それらのアレイセンサを搭載した実時間テラヘルツカメラ(ハンディ型と望遠鏡型)の諸元を簡単に述べる.最後に,セキュリティとバイオメディカル用途を想定した撮像例を示す.
テラヘルツ波を生体センシングに応用するために,我々が開発した高感度なセンサデバイスについて紹介する.液体サンプルを保持してテラヘルツ分光を行うためにメンブレンデバイスを開発し,1mg以下程度の量で特性スペクトルを取得できることを示した.生体関連分子として核酸塩基類,タンパク質,生理活性物質について分光データを取得した.DNA診断チップとして伝送線路型センサを試作し数フェムトモルでの検出可能性を提示した.また,このセンサチップを用いて10μg以下の粉体でペレットを作製せずに分光スペクトルが取得できることを示した.
テラヘルツ帯を用いたイメージング技術は,非破壊非接触で物体内部の層構造などを可視化できるため,文化財の科学調査への応用が世界的に広がりつつある.特に,壁画・屏【びょう】風【ぶ】・板絵等の修復前調査として有益な下地構造の観察結果を紹介する.
走査電子顕微鏡(SEM)は細く絞られた電子線(電子プローブ)を使って,塊(バルク)状の試料の表面形状や組成の違いなどを虫眼鏡程度の倍率から10万倍を超える倍率で観察を行う装置である.SEMで得られる像(二次電子像や反射電子像)は,高い分解能と大きな焦点深度を有するため,凹凸の激しい試料の表面観察に威力を発揮する.またSEMにさまざまな検出器を装着することにより,試料の元素情報や結晶性試料ではその結晶情報を得ることができる.