疾病の早期診断や,新たな生命現象の解明に基づく新しい治療法の開発と確立への要望がますます高まっています.近い将来には,遺伝子情報に基づいた医療が実行段階に達し,自己細胞を利用する再生医療もより身近なものになっていると思われます.このような先端の医療技術の開発は,応用物理学が対象とする研究の成果をこれまで以上に必要にしています.その一つとして本小特集では,バイオイメージングを取り上げ,その最新の研究を紹介します.
バイオイメージングは,生体内で起きている現象やそれらに付随した生命活動を,外部から生きたまま観察し,画像化・可視化するツールです.生体内での細胞・遺伝子・たんぱく質がつかさどる活動の様態を考察し,生命現象のメカニズムを解明するのに用いられています.バイオイメージングの身近な例は,臨床の現場で疾病の診断に用いられているX線CT やMRI などです.近年はこれらに加え,がんの進行度などを高感度で診断するポジトロン放出断層撮影法(PET)も活躍しています.一方,生命科学研究に目を転じますと,細胞内の分子の運動を可視化するラベル化剤として従来から用いられてきた有機色素や金属錯体に加え,表面に化学修飾を施した半導体ナノ粒子が,蛍光退色が少なく安定でしかも生体内環境でも安全にその機能を発揮する蛍光ラベル化剤となることが見いだされ,それを利用する試みが盛んに行われています.半導体ナノ粒子のほかにもさまざまな無機系ナノ材料を用いた萌芽研究も活発に行われています.またイメージング用の新しい光源として,テラヘルツ領域の新しい光技術をバイオイメージングへ展開する研究も行われ始めました.このようにバイオイメージングの高度化にとって必須の高感度化・高解像度化は,応用物理学が深く関連しその先端研究をリードしている画像化技術,ナノ材料創製,光計測技術を必要としています.本小特集でそれをご理解いただき,多くの会員の皆様に興味をもっていただければ幸いです.
生体反応を検出する蛍光プローブとしてコア/シェル型CdSe/ZnS量子ドットが開発され,蛍光ナノ粒子がバイオプローブとして注目を集めるようになった.本稿では,量子ドットの構造および光学的な特徴,生体分子とコンジュゲートさせるための表面改質,Cdの毒性などについて解説する.次に,量子ドット以外に研究されている可視および近赤外蛍光を発する希土類ドープナノ粒子,蛍光ナノ粒子を複合化した蛍光マイクロビーズ,蛍光と磁気共鳴によるデュアルモーダルイメージングを可能にするナノ粒子などに関して解説する.
病理研究や創薬などさまざまな分野において,たんぱく質などさまざまな生体分子,およびそこへ導入された薬剤分子などの空間分布を網羅的かつ細胞スケールの高空間分解能で測定する技術が求められている.近年,質量分析による成分分析に成分ごとの空間分布を測定する機能を付加したイメージング質量分析(Imaging Mass Spectrometry : IMS)の研究が盛んに行われている.IMSではあらかじめ想定される物質だけでなく,存在する物質を網羅的に検出することができる.本稿では,IMSに用いられる手法とその要素技術,および筆者らが現在開発を進めている投影型顕微イメージング質量分析装置の概要について述べる.
放射光から平面波X線を作り屈折原理を用いて描画する軟組織の最新医用画像をお届けする.?X線暗視野法(XDFI : X-ray dark-field imaging)による二次元画像,?XDFIを適用したトモシンセシス(断層像,擬似三次元画像)および?屈折画像用アルゴリズムの構築と三次元画像である.女性罹病率第一位の乳がんおよびリウマチ早期発見を目指し医学界に貢献したい.
メソフェーズ(中間相)はダイナミックな分子集合体として液晶に代表される自己組織化,自発的配向などの特徴的な性質をもつ.アモルファスシリコンに匹敵する高速のキャリア移動度(10-1cm2⋅V-1⋅s-1)をもちうる液晶性有機半導体は,それゆえに新たな有機半導体のカテゴリーとして興味深い.本解説では,液晶性有機半導体を用いる有機トランジスタ研究に焦点を当て,研究の現状を紹介する.
テラヘルツイメージング技術が産業分野の非破壊検査で実際に役立ち始めている.それに比べ,本特集のテーマであるバイオイメージングへの応用はまだ研究段階であるが,テラヘルツ波のユニークな特性を活かして大きく展開するポテンシャルを秘めている.本稿では,テラヘルツ波のバイオイメージングに関連する技術として,メタルメッシュセンサー,ラベルフリー検出,近接場光計測,トモグラフィーについて紹介する.
コヒーレントX線光源の発展に伴い,レンズで結像する代わりに計算機で実空間像を再生するコヒーレントX線散乱顕微法が開発されてきた.この方法の基礎を概観し,応用例を紹介し,X線自由電子レーザーへの期待を述べる.また,最近報告されたコヒーレントX線散乱顕微法と走査型透過X線顕微鏡を組み合わせたX線タイコグラフィーも簡単に紹介する.
次世代の自動車用動力源として期待されている燃料電池について技術的側面から,現状と課題とについて概説した.ほかの動力源をもつ車と比較しても十分な動力性能をもつレベルに達しているが,一般普及商用化に向けては,コスト・耐久性をはじめとして克服しなければならない課題も多い.これらを解決し地球と人類とに貢献できる技術とできるよう,引き続き多方面からの研究開発への協力をお願いしたい.
蛍光バイオイメージングは医療や生命科学における重要技術である.しかし,現在の蛍光バイオイメージングでは,励起光として用いる短波長光による蛍光体の退色や生体へのダメージ,強い光散乱により長時間の深度が深いイメージングが困難である.一方,希土類イオンを含有するセラミックスナノ粒子は,近赤外光を励起光としたさまざまな発光を示すことが知られている.本稿では,波長の長い近赤外光を励起光とし,希土類含有セラミックスナノ粒子を蛍光体とすることで,上記の短波長励起光による弊害を防いだ新たな蛍光バイオイメージングについて概説する.
最近のイメージセンサー技術の進化は著しく,画素数が1200万画素に達し,画素サイズは2Lm角以下に微細化が進んでいる.人間の細胞の大きさが約20μmであることを考えるとLSI技術を用いてバイオセンシングデバイスを製作することが十分可能になってきたことがわかる.現在,筆者らはLSI技術とバイオセンサー技術の融合による新規デバイスの開拓を行っている.本稿では,CCD/CMOSイメージセンサー技術を利用して,イオンの動きをリアルタイムに画像化するイオンイメージングシステムの開発について述べ,イオンイメージングの原理から応用事例を概説し,最後に本イオンイメージセンサーによる新たなバイオイメージング展開に向けた期待を述べる.
われわれはナノレベルから超潤滑を実現するシステムとして,ナノのボール(フラーレン)をナノのシート(黒鉛)で挟んで形成されるカーボンハイブリッドナノ界面に注目し,これを利用して新規超低摩擦システム創製を試みている.本稿では,特にフラーレンを利用したカーボン系超潤滑薄膜物性に関する実験・理論研究の現状を紹介する.
地球環境変動の予測,とりわけその中でも確度の高い気候変動の予測は,社会を災害から守り永続させていくうえで必要不可欠となりつつある.気候変動予測の信頼性は,地球規模で常に気候をモニターすることによってのみ評価が可能となる.海洋は,地球表面の7割を占め,大気の千倍の熱容量をもち,地球気候決定の最も重要な要素である.したがって,全球海洋モニターは地球気候変動予測のかなめとなっており,海洋の気候研究コミュニティーは1980年代からその実現を目指してきている.