臭化鉄 (FeBr
2) は, 典型的なIsing反強磁性体として, いろいろな測定手段で調べられている。メスバウアー分光測定では, ネール温度直下から磁気分裂によるスペクトルが観測され, 通常の反強磁性体の特徴を示していた。ところが, 最近, 著者らはネール温度近傍で, 常磁性成分と磁気分裂成分が共存している異常なスペクトルを観測した。
本論文では, 2種類のFeBr
2単結晶試料, 試料IM, 試料IIMについて, メスバウアー分光測定を行い, ネール温度近傍で異常なメスバウアースペクトルを認めた。著者らは, 測定したスペクトルについて, コンピュータフィッティングを行い, 常磁性成分がベストフィツティングスペクトルの全吸収面積に占める割合Ipの温度変化, 磁気分裂成分の超微細磁場
Hhfの温度変化, 磁気分裂成分と常磁性成分の四極子分裂12・
e2qQの温度変化などを求めた。
磁気分裂成分の
Hhfの温度変化は一様であり, 異常の見られないFeBr
2試料の示す
Hhfの温度変化とまったく同じであることがわかった。そのことは, 常磁性成分に寄与するスピングループが, 少し低温になるにつれて磁気分裂成分に組み込まれていくときに, あたかも同一のネール温度を持っているように振る舞っていることを意味する。つまり, 共存する常磁性成分は, ネール温度の分布を現しているものではないといえる。
常磁性成分と磁気分裂成分が共存している温度範囲は, 試料IMでは約2K, 試料IIMでは約0.4Kであった。試料IIMの方が試料の純度が高いことを考えると, 異常の程度は, 試料の純度が低いほど大きいということがわかった。巨視的観測手段である磁化測定や交流帯磁率測定から, 試料の結晶化度や純度が低いほど異常の程度が大きいという結果が得られている。今回メスバウアー測定によって, 微視的にも同様の結果が示された。FeBr
2には積層欠陥が多く存在していることが予想される。そのために, 隣接するスピンの受ける交換相互作用が普通の反強磁性秩序における交換相互作用とは異なり, このような異常な現象が現れたのではないかと, 著者らは考えている。
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