HIMACは,がんの重イオン治療のために建設された医療専用加速器である。しかし,放射線医学総合研究所は研究所であることから,医療に必要な性能を確保すると同時に,高エネルギー重イオンに関連する基礎研究にも対応できる性能を持った装置に作られている。その性能は,陽子から中重核の粒子を高エネルギーに加速し,将来の重イオン研究拡大に向けたアップグレードを視野に置いた,フレキシビリティーに富んだものである。
放射線医学総合研究所の重粒子がん治療装置(HIMAC)は1994年からがんの臨床試験を開始した。同年,基礎研究の研究者がビームの利用機会を持てるように,HIMAC共同利用研究が開始された。照射室,照射ポートなどは徐々に整備され,その後は研究環境の整備も進み,様々な分野の実験的研究が行われてきた。所外の研究者も多数参加し,24年間の間に,非常に幅広い分野で成果を上げることができた。
重イオン加速器HIMACは国家プロジェクトである「対がん10ヵ年総合戦略」(1984–1993年)の一環として建設され,1993年に完成し,1994年から炭素イオンビームでのがん治療を開始した。この装置は重粒子線がん治療を目的とした医療用大型加速器として世界初のものである。装置完成後は治療のための性能向上や安定化に向けた研究が行われる一方,重粒子線がん治療の普及を目指して2001年からは重粒子線がん治療装置の小型化研究が行われた。その結果,群馬大学に小型の重粒子線治療装置が建設されたが,その後もこれをベースとした装置が佐賀や神奈川などに建設され,全国的な重粒子線治療の普及が進められている。これら医療用加速器は従来の高エネルギー加速器とは異なる視点で開発が進められ,独自の発展を遂げている。近年においては重粒子線がん治療の高精度化を目指し,3次元スキャニング照射法や超伝導小型回転ガントリーを含む次世代照射システムの研究開発が行われ,この分野の研究で世界をリードしてきた。本稿ではHIMACから始まった重粒子線がん治療装置の研究開発や,付随する装置の発展について紹介する。
重粒子線がん治療装置(HIMAC)では1994年から炭素イオンビームを用いてがんの治療が開始されたが,装置自体は治療開始後も多くの改造・改良が行われてきた。本稿ではその中からイオン種の拡大など装置の利用効率向上のための開発研究や治療の高精度化など特徴的な加速器関連研究をいくつか取り上げて概説する。
HIMACで実施された臨床研究により炭素線を用いた治療の有用性が示された。この成果を国内外に普及させるために治療イオン種を炭素に限定することにより装置を小型化するための開発研究を行った。本稿では永久磁石を全面的に採用した小型イオン源の開発,特殊な収束方法を採用した線型加速器の開発,小型シンクロトロンの開発など加速器関連の研究開発を中心に述べる。
放射線医学総合研究所(以下,放医研)において,これまでに実施された臨床研究により,炭素線を用いた治療の有用性が示されたが,さらなる治療成績の向上を目指すことは放医研の大事な使命である。そこで,放医研は2006年より腫瘍の呼吸性変動や日々の変動に対応可能な高速3次元スキャニング照射装置と,360度最適な方向から重粒子線を照射できる回転ガントリー装置を中心にした次世代重粒子線治療システムの開発研究を実施した。また,それに引き続き,量子メスと呼ばれる重粒子線治療装置の小型化・高度化研究を実施している。
1898年にP. CurieとM. CurieがRaを発見して以来,放射線化学では多種の放射線源が開発され,多くの放射線誘起効果について研究が進められた。本稿では,これまでの水溶液の放射線化学におけるLET効果研究に関連して,歴史的に使用されてきた放射線源としての放射性同位体,加速器,原子炉,さらに他の放射線施設の変遷を簡単にレビューする。最後に,放射線化学におけるこれまでと将来のHIMAC施設の重要性と寄与について議論する。
水はイオンビームを含め放射線との相互作用がもっとも調べられてきている物質の一つである。HIMACでの共同利用研究プロジェクトにより,GeV級高エネルギーイオンビームによる水の放射線分解についての理解も促進された。本稿では海外の関係研究も含めてイオンビームによる水の放射線分解の特徴やこれに関係する研究の簡単な経緯についてまとめ,最後に未解明の課題についても触れる。
電子常磁性共鳴(EPR)法を用いてスクロースの重粒子イオンやX線照射で生成するラジカル収量のLET依存性,線量依存性等の測定から,その線量計としての潜在的な適用性をアラニンと比較し検討した。He, C, Si, Neなどの重粒子イオンをスクロースに照射した場合も,X線照射同様,微細構造を有しほぼ7 mTに広がる安定なフリーラジカルの生成が観測された。単位線量あたりラジカル収量は重粒子の照射量の増加に比例して増大するが,LETの増加に対し減少する。同じLETでも軽イオン照射の方が収量は低い。また,2次元EPRイメージングを試みた。空間分解能は0.37 mm程度で,ブラッグピーク領域を検出することができた。
高分子系エッチング型飛跡検出器中に形成されるイオントラックの構造と形成機構を理解するために分析的研究とシミュレーション研究を展開している。照射後の官能基密度変化を,トラックの単位長さ当たりの損傷数(損傷密度)や,損傷の径方向サイズ(実効的トラックコア半径),放射線化学収率について,1.0から12,000 eV/nmの広い阻止能域で評価している。エッチピットを生む損傷形成に果たす多段階の低エネルギー電子のヒットの役割を明らかにしている。
本稿では,早稲田大学を中心としたグループでこれまで行ってきた高エネルギー重粒子線による高分子材料への照射効果とその応用に関して記述する。重粒子線照射による放射線化学反応の微小空間における局所性に関して研究を行ってきた。得られた知見を元に,微小空間での重粒子線のエネルギー付与量を制御し,空間的に制御された分布を持ったラジカルを誘起し,グラフト反応させることを通じ,空間制御型の機能性材料(PEFC: Polymer Electrolyte Fuel Cell)の創製を行ってきた。
本研究は重粒子線用のゲル線量計の開発を目的に理化学研究所,放射線医学総合研究所,東京大学の共同研究として2012年度から開始した。重粒子線の線量の分布を測定する場合,重粒子線の線質に依存した線量計の線量応答の変化の理解と制御が課題となる。本稿では研究背景並びに周辺研究を紹介し,筆者の最近の研究についてまとめる。
放射線架橋ゲルとメタクリル酸エステルモノマー水溶液から成るポリマーゲル線量計材料に対して,HIMACでヘリウム線(150 MeV/u),炭素線(290 MeV/u),鉄線(500 MeV/u)の照射を行い,ゲル中でのポリマー生成に伴う白濁化への線質の影響を調べた。粒子ビーム照射後のポリマーゲル線量計材料の白濁度合いは,線量率や線エネルギー付与(LET)が高いほど低下した。高LET条件下では,生成する重合開始剤の量が低減するため,白濁因子であるポリマーの生成が抑制された。
イオンビーム(He, C, Ne, Si, Ar, Fe)照射によりメタノール中に生成するラジカルを,PBN(フェニル-t-ブチルニトロン)によりスピントラップしてESR測定した。PBN-OCH3, PBN-CH2OH, PBN-Hの三種のラジカルが生成した。PBN-OCH3とPBN-CH2OHのラジカル比は,イオンビーム照射によるラジカルの初期分布の局在化の度合いを反映した。また,プロトンの拡散はトラックから逃れるのに十分速く,PBN-Hの生成は,イオンのエネルギーやLETに影響されなかった。