安定同位体を利用した研究報告は数多くあり,今後,益々発展していくと思われる。今回,その安定同位体の分離・濃縮技術,1970年代から現在までの研究事例として13C-標識化合物を用いたビタミンB12の生合成研究,既に医療の現場で広く普及しているHelicobacter pylori感染診断のための13C-尿素呼気試法の概要について紹介し,医学・薬学における安定同位体の利用についてまとめた。
精神疾患患者を対象とした13C-フェニルアラニン呼気検査,13C-トリプトファン呼気検査を行い,臨床的有用性について検討した。その結果,前者により統合失調症のフェニルアラニンの代謝速度の低下を見出した。後者では,大うつ病性障害患者においてトリプトファン–キヌレニン経路の亢進を支持する結果を得た。これらの呼気検査は,統合失調症やうつ病などの精神疾患の診断や病型分類に活用できる可能性がある。
新たに空腹時13C-glucose呼気試験(fasting 13C-glucose breath test; FGBT)を肝臓インスリン抵抗性の簡易診断法として開発した。肝臓での糖代謝,特に,糖新生と解糖系のバランスから肝臓インスリン抵抗性を評価する試験である。一般に,肝臓インスリン抵抗性は,高インスリン血症になってからの状態を評価することが多い。FGBTは高インスリン血症になる前の,肝臓インスリン抵抗性を評価でき,その早期診断を通じて,糖尿病の予防に寄与することができる。
日本大学医学部では平成28年度の薬理学実習に13C呼気試験を導入した。実習では,①13C尿素呼気試験,②13Cフェニルアラニン(L-[1-13C]phenylalanine)呼気試験,③13Cロイシン(L-[1-13C]leucine)呼気試験を行った。基本的教育原理である能動性や臨床医学との関連性の担保が可能な実習であった。安定同位体13CO2の測定は放射性同位体と異なり特殊な施設を必要とせず,測定機器の取り扱いも容易である。13C呼気試験の学生実習導入は測定機器の初期購入や投与試薬が高額であるなどの問題点はあるが,医学教育における基礎医学と臨床医学の橋渡しとして有用であると思われる。