HIMACでは,核子あたり数MeVから数百 MeVという高エネルギーであり,かつ裸あるいは少数の束縛電子をもつ多価イオンの状態で,重イオンビームを共同利用研究のために安定供給してきた。その特徴を活かして,これまで様々な原子衝突実験が行われてきた。本稿では,歴史的背景や他の施設との比較をしながら,今までに得られた成果を俯瞰する。
高速イオンが固体標的を通過する際に生成されるX線や二次電子は,低エネルギー衝突領域では見られない特徴的な過程によって生成される場合がある。入射イオンの電子捕獲に伴うX線が放出されたり,入射イオンと標的原子に含まれる電子が2体弾性衝突した結果生成されるバイナリー電子や,入射イオンとほぼ同じ方向に等速で進行するコンボイ電子と呼ばれる高エネルギー電子が生成される。本稿では,HIMACから取り出された数百 MeV/uの重イオンを入射した際に観測されたこのような過程を解説する。
高速イオンが結晶を通過する際,構成原子,原子列,さらに原子面を周期的に横切る。その際にイオンが感じる振動電場を利用してイオンは共鳴的に励起される可能性があり,コヒーレント共鳴励起(RCE)と呼ばれる。HIMACにおいて相対論的エネルギー領域の重イオンを用いることにより共鳴励起スペクトルが詳細に得られるようになった。本稿では面チャネリング条件下での2次元コヒーレント共鳴励起(2D-RCE)現象について背景と共にその意義を解説する。
コヒーレント共鳴励起(RCE)は,結晶中をチャネリングするイオンが結晶周期場と相互作用する際にみられる共鳴現象として,原子分子物理,放射線物理分野で精力的に研究が行われてきた。2007年以降,高エネルギーの重イオンと極薄結晶を用いることでランダム入射イオンの,3次元コヒーレント共鳴励起(3D-RCE)が観測できることがわかった。本稿では,3D-RCEの導入によって大きく拓けた重イオン原子物理の進捗と展開について,著者らが放医研HIMACを用いて行った研究を中心に解説する。
6 MeV/uの高電離イオン(He2+, C6+, Ne10+, Ar18+及びH+)と気体分子との衝突における全電離断面積の絶対値測定を行った。標的分子は炭化水素分子CnH2n(n=2–4), CnH2n+2(n=1–5),H2, O2, N2, H2O, CO2などである。さらに,生成イオンの質量分析を行い,部分電離断面積を求めた。全電離断面積のスケーリング則,解離における異性体効果,負イオンの生成などについて調べた。
HIMAC施設の建設が1984年に決まり,放射線遮蔽安全設計を全面的に依頼された。当時,重イオン輸送計算コードはなく,ともかく安全側の評価をしたが,その時の苦労が,その後の重イオン輸送計算コードPHITSの開発等の研究の発展につながった。HIMAC施設が完成後,それまでほとんどなかった重イオンによる2次粒子,特に安全設計上重要な中性子生成の実験データを系統的に取得した。これらの成果は,世界中の重イオン加速器施設の設計にも広く利用されている。
重イオンによる厚い標的からの中性子生成は,加速器施設の遮蔽安全設計において放射線源となる非常に重要なデータである。様々なエネルギーのHeイオンからXeイオンに至るビームをC, Al, Cu, Pbの厚いターゲットに入射して,生成される2次中性子のエネルギースペクトルを,0, 7.5, 15, 30, 60, 90°の角度で,有機液体シンチレータを用いて飛行時間分析法(TOF)により測定した。得られたスペクトルは互いに良く似ていて,次の3種類の成分を持っている。前方方向で特に顕著な入射粒子が直接中性子をはじき出すノックオン成分,核内カスケードによる成分,複合核生成後の蒸発成分である。この実験結果はPHITSコードによる計算と比較していて,全般的にファクター3以内で良く一致している。また,Moving Source Modelという簡易評価式でもうまく表現できることがわかった。さらに,5 MeV以上のスペクトルを角度積分した結果は2つの指数関数の和で与えられ,これを0°から90°で積分した前方方向の全中性子生成量を与える近似式を得た。
これらのデータは高エネルギー重イオン加速器施設の安全設計における中性子遮蔽計算の線源評価にとって不可欠のデータであり,世界中で広く利用されている。OECD/NEAの遮蔽ベンチマーク実験データベース(SINBAD)にも登録されている。
The measurements of secondary neutron production cross sections from heavy-ion interactions play a key role in the development of transport model calculations that are used in a wide variety of applications. We briefly describe and highlight experiments conducted at HIMAC since the late 1990’s that measured secondary neutron cross sections over a wide variety of beam species, beam energies, and heavy target materials.
100 MeVを超える中性子まで測定できる検出器として,大型有機液体シンチレータや自己TOF測定器を開発し,さらにBiとCの核破砕検出器やTEPC(組織等価比例計数管)も用いて,重イオン生成中性子の鉄とコンクリートの遮蔽体透過実験を行った。400 MeV/核子の炭素イオンを厚い銅ターゲットに入射し,前方に発生した中性子が様々な厚さの鉄とコンクリートを透過した後の中性子スペクトルを測定した。実験値は計算値と比較した。この結果は高エネルギー重イオン加速器遮蔽の世界で唯一の実験データとして貴重であり,OECD/NEAの遮蔽ベンチマーク実験のデータベース(SINBAD)にも登録されている。
高エネルギー荷電粒子の核破砕反応による核種生成断面積の系統的な実験データを取得するための照射実験が様々なエネルギーの陽子からArに至る重イオンビームを用いて行われた。照射実験では銅ターゲット中に様々な試料を挿入して生成放射性核種をGe検出器で測定した。得られた結果より,高エネルギー荷電粒子入射によって生成する核種の生成断面積及び誘導放射能のターゲット内分布はターゲット核と生成核種との質量数差に大きく依存すること,プロジェクタイルフラグメントの生成によって特徴的な放射能分布をもつことがわかった。本研究で得られた成果は高エネルギー重イオン加速器施設の安全設計や高エネルギー重イオン核反応計算コードのベンチマークデータなど重イオンビーム放射線科学分野の進展に貢献している。
重イオン輸送コードPHITSの開発に至った歴史的経緯と,同コードの特徴について解説する。また,同コードの様々な分野への応用例を示し,ベンチマークとなる物理量について,放医研HIMACで測定されたデータとの比較結果を示す。
炭素線治療施設の治療運用に係わる放射線防護のために,HIMACを用いて行われた実験的研究について紹介する。これらの研究の結果は,炭素線治療において二次中性子等で生じる照射野外線量は他の放射線治療と同等もしくは低いこと,また,職業被ばく,公衆被ばく,介助者・介護者の医療被ばくは現行の国内規制基準を十分満足しており,炭素線治療施設における防護が既存の規制で対応できていることを実証した。