電子配置がd
n(n=4-7)の八面体配位遷移金属錯体の中には,基底状態が高スピン状態と低スピン状態の境界領域にあり,温度や圧力などの外部条件を変えることにより基底スピン状態が変化する錯体があり,このような錯体をスピンクロスオーバー錯体と呼んでいる。これらの金属錯体のうち,[Fe(ptz)
6](BF
4)
2(ptz=1-propyltetrazole)において,d-d遷移に相当する光を低温で照射することにより,基底状態が低スピン状態から高スピン状態に転移し,これが凍結されるという光誘起相転移現象(LIESST: Light Induced Excited Spin State Trapping)が発見され,これがブレークスルーとなりLIESSTを示すスピンクロスオーバー錯体が数多く報告されてきた。
一方,配位子場がスピンクロスオーバー領域にある混合原子価錯体では,系全体の自由エネルギーが最も安定になるようにスピンと電荷が連動して起こる新しい型の相転移現象が期待される。近年,筆者らは,強磁性を示す鉄混合原子価錯体(
n-C
3H
7)
4N[Fe
IIFe
III(dto)
3](dto=C
2O
2S
2)において,120K付近でスピンエントロピーを駆動力とした新しい型の相転移である電荷移動相転移が起こることをメスバウアースペクトロメトリーで発見した。この電荷移動相転移及び強磁性は対イオンのサイズに大きく依存することから,光で電荷移動相転移及び強磁性を制御することを目的として,光異性化分子であるスピロピランを対イオンとして導入した光応答性有機・無機複合錯体(SP)[Fe
IIFe
III(dto)
3](SP=spiropyran)を開発した。この系では,(SP)[Fe
IIFe
III(dto)
3]に紫外光を照射することにより,SPの光異性化を媒介として[Fe
IIFe
III(dto)
3]層で電荷移動相転移が起こり,強磁性転移温度が増幅されることを見出した。また,(
n-C
nH
2n+1)
4N[Fe
IIFe
III(mto)
3](mto=C
2O
3S)では,Fe
IIIO
3S
3サイトにおいて,
57Feメスバウアースペクトロメトリーより速い時間スケールで低スピン状態(S=1/2)―高スピン状態(S=5/2)間のスピン平衡が起こること,Fe
IIIO
3S
3サイトの低スピン状態を媒介としてFe
II-Fe
IIIの価数揺動が誘起されることを,メスバウアースペクトロメトリーにより見出した。
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