高いエネルギー分解能をもつ無機半導体放射線検出器は,素粒子・原子核実験などの分野で使用されているが,高純度な単結晶構造を必要とし柔軟性がなく高価で大型化が難しい。本研究は,結晶構造をもたない有機材料に着目した新しい放射線検出器の開発を行った。放射線感度を高めるために,n型半導体の性質をもつ二酸化チタンを混合して有機無機ハイブリッドセンサを試作した。本論文では,二酸化チタンの含有量や粒子径の違いによるセンサ性能への影響や特徴について述べる。
中性子捕捉療法(NCT)は,二次粒子を用いて腫瘍を治療する方法である。ホウ素はすでに臨床でNCTに応用されており,ガドリニウムも注目されている。100%の天然存在度,長飛跡(二次粒子がベータ線),中性子断面積のピーク,および加速器による中性子への適合性などの利点があるため,NCTの要素として新しい元素であるロジウムを試みた。毒性を減らし,腫瘍内蓄積を増やすために,ロジウムを封入したリポソーム(Rh-Lip)を調整した。癌細胞とロジウム溶液のin vitroにおける毒性反応では,ロジウム濃度0.063 mg/mLにまでの希釈おいて,90%の細胞生存率を得た。一方,Rh-Lipとの反応では,ロジウム濃度0.25 mg/mLにおいても90%の細胞生存率を認め,Rh-Lipでは,より高濃度のロジウム原子を封入でき,毒性を減少できる可能性を示した。さらに,in vivoにおける腫瘍内滞留性を検討すると,投与3時間後のロジウム濃度は,Rh-Lipにおいて387.3 ppm,ロジウム溶液において46.6 ppmであり,Rh-Lipの腫瘍内滞留性を示すことができた。中性子照射後,Rh-Lipは腫瘍増殖の抑制と病理学的分析による腫瘍細胞への障害効果を示したため,ロジウムがNCTに有望な元素である可能性を有すると考えられる。
重粒子線治療は,線量の集中性が高く細胞致死効果の高い重粒子線を病巣に集中的に照射する効果的な治療法である。しかし,重粒子線に対するほとんどの物質の線量応答は線エネルギー付与(LET)を通して重粒子線のエネルギーに依存するため,その線量分布を正確に計測することは困難であった。本稿では,高LET放射線の分布を数Gy単位で定量,サブミリメートルの分解能で評価でき,その線量応答がLETに依存しない化学線量計を紹介する。
相対的に低線量(0.1 kGy以下)のガンマ線照射によりDNA中に生成される5,6-ジヒドロチミジン(DHdThd)の高感度定量法を開発した。我々は、食品のDNA中に生成される放射線照射生成物であるDHdThdを測定することにより、食品の照射履歴を判別する方法について報告している。本手法は、(1)食品からのDNA抽出、(2)DNAのヌクレオシドへの酵素分解、(3)高速液体クロマトグラフ付タンデム型質量分析計(LC-MS/MS)によるDHdThdの測定の3つの手順から成る。この方法を用いて、殺菌を目的とした比較的高線量(≥0.5 kGy)の照射履歴を動物性食品および植物性食品の双方において検出することが可能である。一方、検疫処理や発芽抑制を目的として照射された比較的低線量(<0.5 kGy)の食品を検出するには、線量の低下に伴いDHdThdの生成量が少なくなるためより高い感度を要する。そこで、多量のDNAを分解し、固相抽出カラムを用いた精製および濃縮の過程を追加することにより、DHdThdの感度を約30倍とすることに成功した。開発した方法を用いて、ガンマ線60–150 Gyを照射したチミジンおよびsalmon sperm DNA水溶液からDHdThdを線量依存的に検出した。この方法は、相対的低線量のガンマ線が照射された食品を検知する方法になり得ると考えられる。
放射性同位体と安定同位体を組み合わせることによって,年代測定を行うことができる。本稿では,ヨウ素の同位体システム(放射性同位体129Iと安定同位体127I)を利用した年代測定について筆者がこれまでに検討してきたことを紹介する。129Iは,環境中ではごく微量にしか存在しない核種であり,その測定には,加速器質量分析を必要とする。合わせて分析手法についても解説する。
近年,深層学習を用いた画像解析が注目されている。放射線生物学分野への応用可能性の検討を目的として,本研究では深層学習に基づく細胞セグメンテーションアルゴリズムCellpose 2.0を用いて,細胞周期を同調させたヒト子宮頸がん由来HeLa細胞において放射線被ばく後の細胞接着面積の変化を詳細に解析した。その結果,G1期細胞ではX線被ばく後に細胞接着面積が増加するのに対し,G2期細胞では減少することを新たに見出した。今後,このような人工知能利用による放射線生物学研究のさらなる進展が期待される。
放射性医薬品の誤投与は防ぐ必要がある。本研究では,スマートフォンを用いた誤投与防止のための患者–放射性医薬品照合システム開発を考案し,その要素技術である放射性医薬品の容器を識別する深層学習モデルを開発した。ResNet18の転移学習および10分割交差検証を実施した結果,15種類の放射性医薬品容器をすべて正確に分類できた。本研究により,提案システムの実現可能性が証明された。
青森県六ケ所村の使用済燃料再処理工場では2023年時点でアクティブ試験(使用済燃料による総合試験)が継続中であり,特に2006年~2008年にわたり,使用済燃料を用いたせん断・溶解処理が実施され,これに伴って,環境中に3H, 14C, 85Kr及び129I等の放射性物質が放出された。本稿では,主に環境科学技術研究所で取得したデータと既往文献をもとに,六ケ所再処理工場の上記期間中の放出に伴う周辺の環境放射線及び環境試料中放射能濃度への影響を総説としてまとめた。
植物体内における養分の分配は作物の生産量や食味に大きく関わるため,養分分配に関する知見は農業の発展に重要である。一方で植物体内での元素の輸送・蓄積などの動態は常に変化するため解析が難しく,元素の動態や分配制御のメカニズムはいまだ不明な点が多い。これらのメカニズムを解明するにあたり,植物を生きたままの状態で解析することが有効であり,RIを用いたライブイメージングは強力なツールである。
病態に基づく早期診断は,早期の治療開始のみならず,同時に,臓器機能損失を最小限にとどめることも可能とする。核医学は機能の可視化により早期診断を可能とする手法の一つであり,中でも,single photon emission computed tomography(SPECT)による画像診断が国内では広く普及し,日本の医療を支えてきた。しかし,近年の画像診断のニーズにSPECT装置の性能は追いついていない。本稿では,これを解決する方法としてSPECTの一部をpositron emission tomographyに置き換えることの展望や課題について議論する。
東京電力の福島第一原子力発電所(FDNPS)での事故により,柿などの果樹も放射性物質で汚染された。事故から8年後となる調査において,他の樹よりも137Cs濃度が高い柿樹の比較的若い枝を側枝ごとに分割し,各枝の137Cs濃度および果実,葉,枝の133Cs濃度を測定した。果実中の137Cs濃度と枝の137Cs濃度の間には相関関係が見られた。137Cs濃度は,葉や果実と同様に側枝によって異なった。さらに,果実,葉,枝の137Csと133Csの濃度には相関関係が認められた。樹体表面から137Csの一部がすでに内部に移動しており,根から吸収された133Csと同じ個所に蓄積され,それらが同じような挙動で新枝から果実に転流した可能性があると考えられた。