耳科手術後に,比較的まれではあるが数日遅れて発症する顔面神経麻痺を経験することがある.今回,各種耳科手術後に生じた遅発性顔面神経麻痺の自験例を集計し,手術と本疾患発症との関連について検討した.術後遅発性顔面神経麻痺の定義は術後3日(72時間)以降の発症とした.術後遅発性顔面神経麻痺は7例あり,発症率は乳突削開を伴う鼓室形成術0.7%(2/305),乳突非削開0.0%(0/212),人工内耳埋込術0.8%(3/354),アブミ骨手術0.4%(1/260),内リンパ嚢開放術1.0%(1/98)であった.麻痺側は全例手術側であった.ベル麻痺に準じたステロイド漸減治療ののち,全例とも速やかに治癒した.今回麻痺をきたした7例中,人工内耳埋込術後の1例,アブミ骨手術後の1例を除く5例は,いずれも術中に乳突削開を施行し垂直部顔面神経の露出がないことを確認していた.人工内耳埋込術後の2例,内リンパ嚢開放術後の1例を除く4例は,いずれも術中に水平部顔面神経の露出がないことを確認していた.内リンパ嚢開放術後の1例を除く6例では,いずれも術中に顔面神経知覚枝である鼓索神経に触れる機会があった.また,ヘルペス属ウイルスのペア血清抗体価を調べることができた人工内耳埋込術後の1例,内リンパ嚢開放術後の1例はともにVZV-IgG値の変化が陽性であった.一方,顔面神経運動枝に触れる耳下腺良性腫瘍摘出術や,肉体的精神的ストレスを受けるが顔面神経には触れない喉頭全摘出術の術後には,遅発性顔面神経麻痺が生じた例はなかった.以上より,側頭骨内において顔面神経管に骨欠損がなく内圧が逃げにくい環境を持つ症例において,乳突削開による顔面神経周囲組織への直接の影響や,単なる肉体的精神的ストレスのみによるのではなく顔面神経知覚枝である鼓索神経刺激などにより惹起される膝神経節ヘルペスの再活性化が,遅発性顔面神経麻痺の発症因子の一つとして関与している可能性が示唆された.
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