上顎に原発せる血管内皮肉腫(血管肉腫)の一治験例を報告した.
症例は,36才,女子で,昭和41年8月,鼻出血を主訴として某耳鼻科医の紹介により当科を受診した.臨床諸検査成績から,上顎悪性腫瘍をい,洞試験開放を試みたが,肉眼的ならびに病理組織学的検索の結果,悪性腫瘍は否定され,臨床的に一応,血瘤腫と診断した.退院後約6ヶ月,再び頻回多量の鼻出血と頬部の無痛性腫脹を来し,再入院した.
下鼻道腫瘤の試切で,"悪性腫瘍様の肉腫"との診断をえたので,全麻下に上顎部分切除を施行した.腫瘤は鶏卵大,被膜を有し,上顎洞前壁,側壁,内壁に拡展していたが,眼窩ならびに洞底への浸潤はみられなかつた.
周囲組織より腫瘤を丹念に切離し,下鼻甲介を含めてen blccに摘出しえた.術後,60Co針(5mci)4本を洞内に挿入し,総量3,000rad,次いでTele60Coを25日間に総量5,000rad追加照射した.その後,経過は順調で,術後60日目に退院,6年有余の現在,何ら再発の兆候はみられず,元気に社会生活へ復帰している.
病理組織学的には,多角形ないしは紡垂形の大型,淡明な腫瘍細胞が,網状に吻合し,場所によつては索状構造をとりながら,狭い管腔を形成する像がみられた.鍍銀像では,嗜銀線維が密に存在し,明らかな管状構造をみること等から,血管内皮細胞に由来する腫瘍,すなわちangioblastic patternを混じた血管内皮肉腫と診断した.
悪性の血管系腫瘍は,組織形態が極めて多彩で,かつ変化に富むことから,組織発生の起源や組織像の解釈をめぐり議論の多い腫瘍である.内外文献を概観,整理し,本腫瘍に関する組織分類上の地位,命名について,我々の見解を述べた.
上顎に原発せる血管内皮肉腫は,極めて稀である.当教室過去16年間の上顎悪性腫瘍151例の組織別発生頻度は,癌腫134例(88.6%),肉腫7例(4.8%)であつたが,その中,血管内皮肉腫は1例であつた.一方,上顎に発生した本腫瘍は,我々が本邦文献を捗猟した限りでは,僅かに10例を算するに過ぎない.これら症例を中心に,臨床症状,診断,治療法,予後等について,若干の考察を加えた.
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