1. 目的
臨床的応用が盛んに行なわれるようになつた電気的眼振記録法 (Electronystagmography) は, その著しい異常所見の検出率によつて注目されている.
これに関し, 上村 (1966) はその利点について1) 眼振所見が客観的に表示される. 2) 眼振所見の正確な分析が可能である. 3) 閉眼時および暗所開眼時の眼振所見がえられることを報告した.
これをさらに頭位を変えることによつて迷路に負荷を与え, 眼振出現の有無およびその性状の変化を調べる体位検査を組合わせて実施し, 臨床的になお一層活用されるようになつた.
したがつて, このENG検査を慢性中耳炎患者に行なえば, 従来行なわれていた平衡機能検査では得られなかつた異常所見の検出が可能であり, さらにこれを中耳手術後の患者に行なうことによつて, 手術侵襲の内耳に与える影響についても知ることが可能となる.
また, これらの眼振所見より逆にENG記録における末梢迷路性眼振の性状を明らかにすることができる.
以上の目的から, 最近3年間に施行された中耳手術患者126例を対象に, ENG検査を行なつた.
2. 方法
眼振記録は4チャンネルの電気的眼振記録装置 (ENG) を用い, 眼球運動の水平および垂直成分を同時誘導記録した. さらに, 体位検査―側位検査, 頭位変換眼振検査―を視性条件の異なる閉眼時, および暗所開眼下に加えてFrenzel眼鏡下に観察記録した.
3. 検査成績および考按
慢性中耳炎患者126例について, その術前および術後3~7日目 (術後I), 術後3週間目 (術後II) の3回, ENG検査を行ない次の結果をえた.
1) 病的眼振陽性率は, 術前54%, 中耳手術後の術後Iでは89%, 術後IIでは69%であつた.
2) この病的眼振を分類すると, 自発眼振, 頭位眼振, 頭位変換眼振がみられ, とくに術後Iでは頭位変化によつて影響される傾向がみられた.
術側との関係においては, 術前自発眼振および背位において眼振を認める症例では健側向きが多く, 頭位および頭位変換眼振では患側向きが多い. この関係が術後Iでは差がみられなくなり, 術後IIでは術前の関係に戻る傾向がみられた.
3) 病的眼振の性状については, 術前水平性眼振が大部分を占め, 術後Iでは垂直成分をもつ眼振が増加し, 術後IIでは術前の関係に近づいた.
4) ENG記録に際し, 頭位変換眼振検査においてその視性条件, 即ち暗所開眼およびFrenzel眼鏡下のENG記録を比較し, 前者が2倍弱の眼振陽性率を示した.
5) これらの慢性中耳炎患者のうち再手術例, 真珠腫性中耳炎例, 迷路炎例, めまい自覚の有無および耳鏡所見から鼓膜穿孔部位, 耳漏の有無などについて検討した.
a. 病的眼振陽性率は迷路炎併発例の100%についで, めまい自覚例62%, 再手術例並びに真珠腫性中耳炎例の59%となっており, とくにめまい自覚例と無自覚例では統計上有意の差を認めた.
b. 病的眼振の分類と術側との関係について, 迷路炎例では術前の自発眼振はすべて健側向きであつたが, 頭位眼振および頭位変換眼振は患側向きが多く, 鼓膜弛緩部穿孔例でもこの傾向がみられた.
c. 暗所開眼時のENG記録について, 正背位における自発眼振緩徐相速度を測定し, 眼振の大きさは迷路炎例>めまい自覚例>真珠腫性中耳炎例であつた.
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