後迷路性難聴(本論文では後迷路性難聴というのは顔面神経鞘腫あるいは聴神経腫瘍による第8神経障害および脳幹障害をいう)において語音弁別が著しく悪くなるが,その理由については明らかになつていない.後迷路性難聴においては音の強さに関する異常ばかりでなく,音の高さに対する感覚にも異常がみられるのではないかと推測でぎる.その意味で内耳性難聴および後迷路性難聴において周波数分析能の異常にどのような差異があるかを明らかにするために次のような研究を行なつた.検査対象は正常10例.一組性内耳性難聴32例.聴神経腫瘍および顔面神経鞘腫による後迷路性難聴13例である.
以上の症例に対して2つの検査法を行なつた.
(1) alternative binaural pitch balance test(以下ABPBテストと略す);両耳に交互に音をきかせ両耳間の音の高さの感覚がバランスする値を求めた.
(2) monaural frequency difference limen test(以下MFDLテストと略す);2音比較法を用い,単耳で,固定周波数Fと高さが違うと知覚される最小の域値△Fを求めた.ΔF/F×100で検討した.検査はいずれも域値上20dBで250Hz,500Hz,1KHz,2KHz,4KHz,8KHzの各周波数について行なつた.次のような結果を得た.
1) ABPBテストは内耳性難聴において250Hzで左右差が大であつたが,500HZ,1KHz,2KHz,4KHz,8KHzでは正常範囲内であつた.後迷路性難聴では500Hzのみ正常範囲内にあるが,250Hz,1KHz,2KHz,4KHz,8KH2ではABPBテストの左右差が大であり,症例によるばらつきが大である.
2) ABPBテストの左右差と聴力損失,語音明瞭度との相関関係は内耳性難聴,後迷路性難聴ともに認められなかつた.
3) MFDLテストは内耳性難聴では正常範囲内にある.これは従来の報告と異なる結果であつた.後迷路性難聴では周波数弁別域値が大で,250Hz,1KHz,2KHz,に正常および内耳性難聴との間に有意差があつた.
4) MFDLテストは内耳性難聴の場合,聴力損失および語音明瞭度との間に相関的関係はなかつた.後迷路性難聴では語音明瞭度40%以上の群と40%未満の群の間にMFDLテストに有意の差が認められた.
5) 以上のような結果が得られたが第8神経障害および脳幹障害による後迷路性難聴の場合に語音弁別が著しく悪くなるのは音の高さの感覚の障害が本質的に関与しているのではなさそうである.
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