重粒子線治療は通常の放射線治療 (X 線治療) と比較して線量集中性と殺細胞効果に優れる. そのため手術非適応のX線治療抵抗性が予想される腫瘍に対して治療効果が期待される. 重粒子線治療は日本が世界をリードする治療法であり, 治療施設も増加し現在国内では6施設での治療が可能となっている. 2015年に頭頸部腫瘍に対する重粒子線治療の多施設後ろ向き観察研究が行われた. 当時治療実績のあった全4施設から908例の治療データが登録された. 症例の約半数は鼻副鼻腔腫瘍であり, T3, T4 症例が約9割を占めた. 病理組織は腺様嚢胞癌, 粘膜悪性黒色腫, 腺癌といった X 線治療抵抗性腫瘍が症例の大半を占めた. いずれの疾患でも既報の X 線治療成績と比較して良好な治療成績が示された. 2003年より頭頸部腫瘍に対する重粒子線治療は高度先進医療, 先進医療として行われてきたが, この多施設研究での成績が評価され2018年4月より頭頸部悪性腫瘍 (口腔・咽喉頭の扁平上皮癌を除く) に対する重粒子線治療は保険収載された. 治療施設が増加し, 保険が適用となったことで地理的, 経済的な問題で治療が困難であった患者にも治療機会が増えることが期待される.
喉頭乳頭腫は, 多発・再発する病態から再発性呼吸器乳頭腫症と呼ばれることの多い, 難治性の疾患である. 低リスク型のヒトパピローマウイルス (HPV) である HPV6 や HPV11 が関連する腫瘍であるが, HPV は腫瘍近傍の正常に見える粘膜にも存在するとされ, その実態は HPV による慢性感染症的な側面を有する. HPV は粘膜上皮の傷から基底細胞に感染し, 細胞の分化とともに複製され, 表層細胞とともに剥がれ落ちるというライフサイクルを持つ.
喉頭乳頭腫の治療の基本は手術であるが, 本疾患は粘膜上皮内にとどまる病変であることを認識し, 過度の瘢痕化などの後遺症を引き起こさないよう注意しなければならない. 一方, 難治性であるため補助療法を考慮することが多い. HPV の視点からアプローチする補助療法として, ウイルス複製の抑制, ウイルスシグナル伝達路にかかわる因子の阻害, HPV ワクチンが代表的である.
ウイルス複製の抑制は抗ウイルス作用を有する核酸類似体の局所注入が欧米を中心に頻用されてきたが, 適応外使用の懸念もあり現在は使用しづらい状況である. ウイルスシグナル伝達路にかかわる因子の阻害では, 血管新生因子である VEGF に対する抗体のベバシズマブの有効性が指摘されている. また, 選択的シクロオキシゲナーゼ-2阻害薬であるセレコキシブの効果も期待されたが, 米国のクロスオーバー試験では否定的な結果であった.
HPV ワクチンは子宮頸癌を主とする婦人科疾患の予防のために接種されるが, HPV6 と HPV11 をカバーする4価のワクチンにより, 長期的に喉頭乳頭腫の発症を減少させることが期待される. また, 活動性病変を有する症例への HPV ワクチン接種は, HPV の再感染を予防することにより, 再発率を低下させ, 手術間隔を延長する効果も示されている.
HPV 感染症である喉頭乳頭腫の局所では, 腫瘍に対する免疫応答が低下していることも示唆されており, 免疫チェックポイント阻害薬など免疫系からのアプローチも期待される.
1976年に米国における消化器内視鏡を介した感染事故が Silvis らにより初めて報告され, 1985年にわが国で, 日本消化器内視鏡学会消毒委員会より内視鏡を介した B 型肝炎ウイルスの感染の実態や内視鏡検査被検者の8.5%に B 型肝炎ウイルス感染が確認されグルタラールによる検査毎の消毒が感染防止に有用であることが報告された. 厚労省は2007年3月の通知で,「医療機器の使用に当たっては, 当該医療機器の製造販売業者が指定する使用方法を遵守するべきであり, 十二指腸内視鏡の洗浄及び消毒又は滅菌に関しては, 関連学会等の策定するガイドライン及び添付文書・取扱説明書等に記載される製造販売業者が定める方法を遵守する.」としている. これまでに開発・臨床導入された消化器科, 泌尿器科, 呼吸器科においては既に内視鏡感染制御のガイドラインあるいは手引き書が示され活用されている.
しかしながら, これまで耳鼻咽喉科領域では内視鏡を介した感染事故は学会等での報告もなく, 社会問題にもなっていなかったこともあり, ガイドラインあるいは手引き書は示されていなかった. 日本耳鼻咽喉科学会は2016年4月18日付けで会報に “耳鼻咽喉科内視鏡の感染制御に関する手引き” を公表した. 内視鏡は優れた臨床的診断能力と, 簡便に行われる検査であることより, 特に耳鼻咽喉科においては使用頻度が極めて高くなっている. しかし高価なこともあり施設毎に保有される内視鏡の数は限られているため, 他科のガイドラインをそのまま踏襲することには限界があり, 耳鼻咽喉科領域での実状に合った内視鏡感染制御の手引き書が作成された.
本稿ではわが国における各科内視鏡の感染制御に関する行政を含めた各科の対応につき述べ, 安全管理に則った「耳鼻咽喉科内視鏡の感染制御に関する手引き」の概要と実際の手順の解説を行った.
第119回日本耳鼻咽喉科学会総会・学術講演会において男女共同参画「女性医師の活躍の場を広げる」と題したパネルディスカッションが行われた. 自身のこれまでと, 勤務している黒部市民病院での取り組みについて示す.
医師という仕事をライフワークとすることで多くのことを教えていただき, また沢山のご支援をいただいて自分で選んだ道を歩いてこられたことに感謝している. 当院で勤務させていただいて20年が経過するが, 勤務医の魅力として, 専門的な先生方や多職種の医療スタッフとともにチーム医療を実現できること, また入院や手術という選択肢も含めた対応が可能で継続的に診療できることなどが挙げられる. 医師自身が仕事を継続できる一要素として, 男女いずれの医師にとっても不公平感なく, やりがいを感じながら働くことができ, かつ自身の生活を楽しむことが可能なシステムが挙げられると感じている. 当院において「医師の子育て支援に関する院内内規」が制定されたが, 内規の複数の項目は, 親となるすべての医師を対象としており, 子どもの病気の時だけではなく親子行事にも気持ちよく参加できる環境づくりを目指している. そのほか院内保育, 病後児保育, 病児保育, 育児休暇, 短時間勤務の実現とともに, 現場のスタッフのアイデアによる職場環境の改善や, 医師作業事務補助者の採用, 勤務時間内に基本的な業務がなされるような工夫が行われてきた. 近年, 育児休暇や短時間勤務を利用し, 勤務医を中断することなく, 段階的に業務を拡大しフル復帰を実現できる女性医師が増えてきている.
少子高齢化と労働人口減少のなか, 働きながら子育てできる環境作りは日本の大切な課題である. 自身に余裕がない状態で, 他者に優しくするのは困難である. 男性と女性, そして先輩と後輩が互いを認め, より良い今後のために知恵を出し合い検討しあう環境が, 医療の質と安全を保ち向上させるためにも大切ではないかと思う.
局地的国際的に公衆衛生の問題となる S 感染症が話題となるとともに日常診療の中では抗菌薬の不適切な使用を背景とした薬剤耐性菌の世界的な増加が問題となっている. 世界保健機関「WHO」も耐性菌拡大が公衆衛生にとって大きな脅威であることを認識し, 世界的な拡大に対し警告を発している. 特に多剤耐性菌の問題はわれわれ日常診療にあずかるものとしては感染症治療に難渋する原因でもあり治療時抗菌薬使用に多剤耐性菌による感染症を念頭に置き患者の重症度に応じ広域抗菌薬選択を迅速に行うとともに不適切な抗菌薬の治療を避ける意識を今まで以上に持つことが求められている. 特に ESBL 産生菌の増加には注意を払う必要がある. また敗血症疑い症例に接したときは死亡リスクを評価するための臓器障害評価として SOFA score (Sequential Organ Failure Assessment) の活用も重要である.
鼓室形成術の成功のカギの一つは術後の中耳粘膜の再生である. 術後の粘膜再生がなされれば良好な術後経過を期待できるが, 術前より損傷を受けた粘膜や手術により欠損した中耳粘膜をうまく再生させる方法は確立されていない. われわれは術後の粘膜の再生を目的として鼻粘膜を用いた培養上皮細胞シートの自家移植による新規治療を開発し, すでにヒト臨床応用を開始している. 先行研究としての真珠腫性中耳炎患者4例と癒着性中耳炎患者1人に対して施行された細胞シート移植の術後経過は非常に良好である. 現在は新規の臨床研究として多施設共同研究も実施しており, 治験実施に向けた準備を開始している.
本邦でのスギ花粉とダニが原因のアレルギー性鼻炎合併例は多い. スギ花粉とダニを同時に用いた皮下免疫療法は行えるが, 舌下免疫療法の併用治療 (併用 SLIT) に関する知見は十分ではない. 併用 SLIT が行えれば有用であり, 安全性を検討した. 当院で2017年6月以降にスギ花粉 (シダトレン ®) とダニ (ミティキュア ®) で併用 SLIT を行った53例 (男性31例, 女性22例, 年齢12~53歳, 平均21.7±11.6歳, スギ花粉先行39例) を対象とした. 先行と後行 SLIT の間隔は1カ月以上あけ, 朝夕に分けて開始した後に5分間隔でスギ花粉・ダニの順で行った. 併用 SLIT 後6カ月まで受診毎に副反応を確認した. 完遂率は51/53例 (96.2%) で, 脱落2例の理由は副反応によるものではなかった. 副反応はすべて軽度で, 処置不要であった. 併用 SLIT 期の副反応は, 全副反応で増加せず, 口腔咽頭感覚症状で有意に減少した. 投与間隔による副反応は変わらず, 投与順で副反応は変わらなかったが, ダニ後行 SLIT で維持アレルゲンを減量する例が増えた. 併用 SLIT は1~2カ月以内の短期間間隔で安全に行えた.
副鼻腔 CT で片側性副鼻腔陰影を認めた場合, 慢性副鼻腔炎以外に副鼻腔真菌症や歯性上顎洞炎, 腫瘍性疾患が鑑別に挙がり, 診断や治療方針の決定に苦慮することがある. 今回われわれは片側性副鼻腔陰影を示す症例を診断するに当たり, 自覚症状や鼻腔腫瘤の評価, 副鼻腔 CT 所見, MRI 所見が有用であるか検討し, その結果から MRI 施行の適正性について検討した. 自覚症状は鑑別において有用性に乏しかった. 鼻腔腫瘤は鼻茸合併慢性副鼻腔炎と腫瘍性疾患の可能性が高いが, 鼻腔腫瘤を認めない悪性腫瘍症例もあり, 注意が必要であった. 生検の正診率は高く, 積極的に施行するべきであった. 副鼻腔 CT 所見は, 骨破壊は悪性腫瘍で, 石灰化は副鼻腔真菌症でのみ認められ, 鑑別診断に有用であった. Lund-Mackay 重症度分類のスコアは急性副鼻腔炎で有意に低値であり, 鑑別の一助になると考えられた. 濃淡 (陰影内部が不均一で低吸収域の中に高吸収域が混在するもの) + 小気泡 (陰影内に 1mm 以下の気泡が2個以上), 濃淡 + 小気泡 + 骨肥厚を同時に認める場合は石灰化を認めなくても副鼻腔真菌症の可能性が高く, 鑑別診断に有用であった. 中鼻道の換気が良いにもかかわらず生じる歯性所見を有する片側性副鼻腔炎は歯性上顎洞炎を示唆しており, 鑑別の一助になると考えられた. MRI の施行は当院の特性上, 過剰になる傾向があった.
2010年4月~2018年3月の間に専攻医が執刀した甲状腺葉切除術の安全性と質を評価するため, 手術時間, 術後半年以上治癒しない声帯麻痺, 術後出血を評価した. 8名の耳鼻咽喉科専攻医が専門領域研修を開始し, 339例の甲状腺葉切除術を執刀した. 声帯麻痺は3例 (0.9%) に生じ, 術後出血は10例 (2.9%) に生じた. 術後出血は執刀10~20例目に多く, 執刀経験が40例を超えると1例も認めなかった. また手術時間は執刀数が45例を超えると手術の約75パーセンタイルが1.5時間以内であった. 術後出血および手術時間の観点から甲状腺葉切除術を安全に行うには45例程度の執刀経験が必要であった.