いかなる手術にも, 術前にプランニングが必要である. 特に耳鼻咽喉科が扱う領域には, 頭蓋底や眼窩, 数々の重要血管や神経が存在するため, 大きな合併症へつながる危険がある. 十分な術前プランニングを行い, 危険構造部位を避けながら手際よく進められる手術手順を考えておくことが大切である. また, 術前プランニングを十分にしていても, 手術中の術野において自分がどこを操作しているか分からなくなると, 手術中に悩むことを経験する. 近年普及しつつある手術用ナビゲーションシステムは, 術野での位置情報と術前画像の位置を結び付けてくれる有用なツールであり, 鼻科や耳科領域の手術では特に有用とされている. また, 最近登場したナビゲーションシステムは, 単に術中の位置情報を知る機能だけでなく, あらかじめ術前プランニングの段階で CT や MRI 画像に色付けや印付けを行うことができ, それを 3D 画像やバーチャル内視鏡画像として表示できる機能が加わった. そのため, 印を付けた重要な構造部位については, 術中にその立体的位置情報を直感的に把握することが容易にできるようになった. このようなツールが利用できるようになった今, 印を付ける段階の術前プランニングを詳細に作り上げることがさらに重要になってきている. いかにプランニングするかで, 今後は手術用ナビゲーションシステムの有用性もユーザーによって大きく異なってくるものと考えられる. より良い術前プランニングを立てるために,「手術中に悩むのでなく, 術前に悩む.」ということが, 重要になってきている.
本稿においては, 当科での内視鏡下鼻副鼻腔手術の術前プランニングを紹介し, 新しい手術用ナビゲーションシステムを利用した術前プランニングと, それに基づく手術操作について述べる.
近年甲状腺内視鏡手術が保険収載され, ロボット手術等の分野も発展しつつあるが, まず重要なのは基本的な外切開による手術の習熟であると思われる. 甲状腺手術は良性腫瘍から進行癌まで, 術式の選択や手術の難易度はさまざまであるが, 各症例に応じた最適な手術を最短の時間と出血量で, そして可能な限り術後合併症を起こさないように行う必要がある. また, たとえ外切開による手術でも常に審美的観点に留意する必要があることも言うまでもない. 甲状腺手術は術後の呼吸, 発声, 嚥下機能にかかわるため, その手術を行うことによって術後どのような弊害が起きる可能性があるか十分に検討し患者に説明してから行う必要がある. 特に良性腫瘍や, 低危険度群の乳頭癌症例については, そもそも手術する必要があるのか否か, 手術を施行することが術後の弊害の可能性を上回る利益を患者にもたらすのかということを, 腫瘍の進行速度および患者の体力, 年齢, 社会背景等を考慮し適切に判断する必要がある. 比較的進行速度が遅いという特性も相まって, 甲状腺癌手術に関してはほかの癌種とは異なった考え方が必要となる. 高危険度群の症例においても, 気管壁のシェービングや反回神経からの腫瘍の鋭的剥離など, 甲状腺癌手術特有の温存手技を選択するのか, あるいは気管や咽頭喉頭食道などをしっかり合併切除する必要があるのかなど, 適切な判断を下す必要がある. 本稿の趣旨とは異なるため, 危険度に応じた治療選択についてはここでは述べないが, 主たる術式の留意点等を中心に解説させていただく.
スギ花粉の舌下免疫療法は2019年春に発売後5年目の花粉飛散期を迎えた. また, 2018年には11歳以下の小児に適用を有するシダキュア® も発売された. 筆者は2018年末までに730例のスギ花粉舌下免疫療法を行っており, 保険適用以前の臨床研究を加えると1,100例を超える経験がある. 筆者の実臨床経験に基づく舌下免疫療法について概説した.
われわれはシダトレン® (2,000JAU) 発売以降で毎年の臨床効果を報告しており, 花粉飛散数にも影響されるが, 効果は既存の薬物治療より高く, 治療年数とともに増強した. 高アレルゲン量を含有する新規のシダキュア® (5,000JAU) でも初年度に69例で検討したが, シダトレン® 治療2年目とほぼ同等の効果があった. また, アレルゲンが高用量になると副反応が若干増えたが, 治療スケジュールに影響する程度ではなく, 全例が最大維持量で治療できた. 舌下免疫療法が低年齢の小児にも適用となったが, シダキュア® で成人と同じプロトコールで治療した小児例において, 成人と副反応発現率は変わらず, 1年目の効果も同等に認めた. スギ花粉症に効果的な舌下免疫療法であるが, ヒノキ花粉への効果はまだ限定的である. ヒノキ花粉症への薬物治療併用などを考慮すべき例も多い. スギ花粉とダニの両方を抗原とするアレルギー性鼻炎例の合併は多く, 両アレルゲンでの併用舌下免疫療法が望まれる. われわれはシダトレン® とミティキュア® を併用した53例の経過を初めて報告し, 安全に併用ができることを示した. その後に, 少数例の前向き試験でも安全性が報告され, さらにはシダキュア® とミティキュア® を併用した104例の多施設共同前向き試験でも安全性が示された. これらのエビデンスにより今後は併用例が増えてくると予想される.
舌下免疫療法の課題はまだ多く, 今後もその克服に重点を置く必要がある. 基礎と臨床を結びつける研究が必要であり, 質の高い検体と患者背景を提供すべく, 多くの医療機関と共同研究を進めている.
臨床において味覚神経障害をまとめた報告は多くないため, 今回は受容器障害ではなく, 神経障害に焦点をあてて言及した.
味覚を支配する末梢神経は, 舌前方2/3を鼓索神経, 舌後方1/3を舌咽神経舌枝, 軟口蓋を大錐体神経が支配している. 鼓索神経領域の味覚神経障害の機序として, 1) 顔面神経障害に伴うもの, 2) 中耳手術時などの直接損傷, 3) 舌神経断裂時の損傷, 4) 中間神経障害などが挙げられる. 鼓索神経は一般体性感覚も司る可能性があるため, 味覚のみならずしびれなどの症状にも留意する.
中枢性味覚異常は臨床上, 器質性, 機能性に分類できる. 器質性の頻度は少ないものの見逃してはならないため, 進行する神経症状やほかの神経症状が見られる例, または一側性の味覚障害例は頭部 MRI の施行を考慮する.
また機能性異常の1例として舌痛症の特徴をもつ自発性異常味覚が挙げられる. 中枢神経系の抑制機構が脆弱になっている状態が考えられ, すなわち舌痛症に類似した病態である. いまだ確立された治療は存在しないが, 病態説明や内服加療に加えて, 症状の緩和を目的とした対応も必要であり, その一つとして当科ではカプサイシンの外用を使用している. そのほかにもマウスピース, 飴・ガム, 立効散のうがい, 口腔用ジェルなどが使用される.
小児滲出性中耳炎の診断目的は, ① 原因となる急性中耳炎との関連の中で患児のおかれた病状を推定するとともに, ② 難聴の程度とその及ぼす影響を判定すること, さらに ③ 周辺器官の感染・炎症の状態を評価して, 治療を計画することである. 小児滲出性中耳炎の約50%は急性中耳炎を契機に生じるか, 以前からあったものが発見される. 現在では小児滲出性中耳炎の病態は, 急性中耳炎と同様に感染であると考えられており, 発症後3週間以上遷延するものが亜急性, 3カ月以上遷延するものが慢性滲出性中耳炎である.「小児急性中耳炎診療ガイドライン2015年版」がカバーする範囲は, 亜急性期以後の滲出性中耳炎であり, 急性症状発現から3週間以内は急性中耳炎としての対応が求められる.
小児滲出性中耳炎と急性中耳炎は, 鼓膜所見だけでは鑑別が難しいこともあり, 耳痛や発熱などの急性症状出現後48時間以内に受診した場合は急性中耳炎と診断される. 家庭医が初療を担当することが多い諸外国においては, 急性中耳炎と滲出性中耳炎をどのように鑑別診断するかが, 昨今大きなテーマとなっており, 新しい診断機器の開発が進められている. 小児急性中耳炎と小児滲出性中耳炎とは相互に移行する関係にあり, その境界を厳密に分けることが難しいばかりではなく, 鼓膜チューブ留置術などの治療選択においても, どちらか片方の疾患だけを念頭において治療を決定できるものではない. したがって,「慢性中耳炎以外の小児中耳炎」として, 急性中耳炎と滲出性中耳炎という, 移行する疾患群の全体像を俯瞰した対応が求められる.
小児中耳炎の診療に際して, 病院・診療所を問わずわれわれすべての耳鼻咽喉科専門医に求められることは, 正確な鼓膜所見の評価とおおよその聴力域値を推定することであり, 患児の中耳炎が上記どちらの病態と考えられるのかを明確に保護者に伝えるとともに, 必要な症例を選別して精密聴力検査や手術管理が可能な施設に紹介することである.
近年さまざまな疾患, 領域で, 遺伝子組み換えなどのバイオテクノロジー技術によって作られた免疫グロブリンやサイトカインおよびその受容体に対する抗体が生物学的製剤 (抗体治療薬) として使われ効果を挙げている. 花粉症も含めたアレルギー性鼻炎の新しい保存的治療としては, 舌下免疫療法 (SLIT; sublingual immunotherapy) が有効な治療として注目されているが, 最近, 本領域でも抗体治療薬の導入が保険診療として始まろうとしている. その多くは既に医療現場で使用されているが, 気管支喘息や皮膚疾患などの適応しかないために現時点では鼻副鼻腔炎領域では使いにくい. 抗 IgE 抗体 (Omalizumab) は, 重症喘息に適応のある抗体治療薬であるが, 重症のアレルギー性鼻炎や花粉症への使用が検討されている. 国内の臨床試験でその有効性は確認されている. また, 抗 IL-5 受容体抗体 (Dupilumab) や抗 IL-4, 13受容体抗体 (Benralizumab) が難治性副鼻腔炎に対する治療薬として期待されている. こうした治療薬の作用機序を理解するには, 古典的な Th2 型アレルギー反応および ILC2 自然免疫応答を総合した反応系に関する知識が必要である. 難治性副鼻腔炎である好酸球性副鼻腔炎では, 少なくとも半数で喘息やアレルギー性鼻炎の合併が認められているため, これらの疾患を総じて制御するにはどういう治療が最も適しているかを考える必要がある. さらに, 高額な治療薬であることも考えると, 治療体系の中でどのように位置づけるかという議論も必要である.
コーンビーム CT (CBCT) は低被曝線量で撮影できる, 骨の描出に優れた高精細な座位型の CT 装置である. CBCT を判断に悩む頭痛・顔面痛や後鼻漏の診断に活用する方法を紹介する. 副鼻腔陰影と頭痛の程度や部位には一定の関係が見られないことが多い. 以前から頭痛・顔面痛の原因として ① 副鼻腔粘膜の急性炎症, ② 洞内圧の変化, ③ 副鼻腔開口部の炎症と腫脹, ④ 鼻粘膜の接触, ⑤ 神経痛の5つが知られ, 頭部顔面の三叉神経第1・2枝支配領域に投射し関連痛になるとされている (切替, 新耳鼻咽喉科学第9版). これらは副鼻腔陰影としては捉えにくく陰影と痛みの不一致が生じる. 国際頭痛分類第3版には「鼻粘膜, 鼻甲介, 鼻中隔の障害による頭痛」が定義され, 鼻腔内に肥厚性か炎症性の病変を認め, 鼻症状と頭痛が連動し寛解増悪を繰り返す, 鼻内病変と痛みが同一側であるなどを満たせば基準を満たす. これも鼻副鼻腔疾患由来の関連痛を含んでいるものであり副鼻腔陰影は伴わない. 従来の読影法では限界があるため, 新しいCT所見を自験例で検討した. 頭痛と有意に関連する所見は, 上鼻甲介と鼻中隔の接触点 (癒着や周囲の炎症), 上鼻甲介蜂巣, 蝶形骨洞・上顎洞の過剰発達や自然口粘膜肥厚, 下鼻甲介と周囲の接触であった. そのほかアレルギー性鼻炎や低年齢の頭痛との関連が示唆された. 頭痛の日常生活への影響を知ることができる MIDAS/HIT-6 問診票で評価を行ったが, 手術成績は短期長期ともに良好であった.
後鼻漏の診断に CBCT を用いた評価法を検討した. 後鼻漏 CT サイン (糸引き, バブル, メッシュ, ニボー) を作成し読影を行ったところ, 糸引きサイン以外のサインで後鼻漏の存在を推定できる結果であった. 内視鏡での評価と併用することで診断能が向上すると考えた.
われわれはこれまで主にスギ花粉飛散状況についてさまざまな検討を行ってきた. 以前からヒノキ花粉の飛散数増加が指摘されており, 今回, ヒノキ花粉の飛散状況も検討した. 1996~2017年までのヒノキ花粉の飛散状況をスギ花粉飛散状況と比較して検討した. 花粉の捕集は大分大学医学部研究棟屋上に設置したダーラム型捕集器を使用し, 1月1日より4月30日まで行った. ヒノキの総飛散数は95~7,098個/cm2 で, スギと異なり正規分布とならなかった. ヒノキとスギの総飛散数に有意な相関が認められた. 総飛散数はスギもヒノキも有意な増加傾向が見られた. 前年夏の気象と総飛散数の相関は, ヒノキが6~8月の3カ月間, スギが7月との相関が高くなった. 1月1日から飛散開始日, 本格飛散日, 最大飛散日までの日数はいずれもスギ花粉より平均で30~35日後であったが, 飛散開始日から最大飛散日までの期間はヒノキ花粉の方が有意に短期間であった. ヒノキの飛散数は増加傾向にあるが年ごとの変動が大であった. ヒノキの総飛散数の変動が大きいのは花粉の形成過程がスギ花粉と異なり, 長期間に及ぶことが影響していると考えた. スギ花粉に比べて飛散数が急速に増加することは花粉対策の留意点と考えられた.
拡大前頭洞手術における neo-ostium の露出骨面の被覆は術後成績の改善に重要な点の一つである. 遊離下鼻甲介粘膜 graft による被覆は, 有茎粘膜弁 (pedicle flap) と異なり, 自由な留置が行いやすく, シリコンシートを併用することでその安定性を改善させることができる. 当科で行った本方法を使用した拡大前頭洞手術症例 (Draf type III) をまとめ, その方法と結果について報告する. 2016年9月~2018年6月までの間で同一術者により遊離下鼻甲介粘膜 graft とシリコンシートを活用する方法にて被覆を行った Draf type III 実施副鼻腔炎患者で, 術後12カ月までの経過を確認できた8例において, 術後12カ月の時点での neo-ostium の開存度を評価した. 8例において, 遊離下鼻甲介粘膜 graft の生着は100%であり, neo-ostium の形態は全例馬蹄形を維持し良好であった. また下鼻甲介の癒着や合併症は認めなかった. 拡大前頭洞手術における遊離下鼻甲介粘膜 graft とシリコンシート留置により neo-ostium の良好な形態維持は可能であり, pedicle flap を用いなくても良好な成績を得ることが可能であった. 拡大前頭洞手術における neo-ostium の形態維持の方法の一つとして本方法が有効である可能性が考えられた.
症例は52歳女性, 勤務先の工場で氷菓子の撹拌機が不完全燃焼を起こし, 意識を消失. 加療目的に救急搬送された. 受傷状況と MRI 検査にて一酸化炭素 (CO) 中毒と診断された. 受傷翌日に左難聴を訴えた. MRI 検査では頭蓋内に右くも膜嚢胞を認め, 嚢胞による内耳動脈, 椎骨動脈の圧迫が疑われた. CO 中毒による難聴は一般的に両側感音難聴を呈し, 一側性感音難聴の症例報告はまれである. 本症例ではくも膜嚢胞のある側の障害が軽度であり, 内耳血流や内耳への酸素供給を考える上でも貴重な一例であると考えられた.