老人性難聴は高齢者における QOL を著しく障害する疾患であり, 罹患者が多いことが特徴である. 社会の高齢化が進めば, 老人性難聴の問題は今後ますます深刻化することが懸念される. 老人性難聴の発症に影響を与える因子としては, 遺伝的要因, 騒音曝露歴, 喫煙, 糖尿病・循環器疾患などの合併, 性ホルモンなどが挙げられている. 糖尿病, 高脂血症, 肥満を特徴とするメタボリック症候群は老化を促進することが知られているが, 動脈硬化や炎症を促進し, 組織における酸化ストレスの原因となる. 過剰な活性酸素はミトコンドリア DNA の損傷を来し, その結果として内耳感覚細胞がアポトーシスへと導かれることにより機能障害が生じる. したがって, 老人性難聴の予防戦略としては, 騒音曝露の機会減少, 禁煙, 成人病対策などの影響因子の減少が重要である. また, 老人性難聴の分子生物学的な発症機序からは, 有効で適切な抗酸化剤の投与, カロリー制限などによるミトコンドリア機能の維持, 熱ショック応答誘導などのアポトーシスの抑制などが, 有効な発症予防の戦略になる可能性がある.
本稿では, 当教室で行っている動物モデルを用いた基礎研究を紹介した. 内耳感覚細胞を保護する方法として, 内耳に熱ショック応答を誘導する方法を開発した. 熱負荷やテプレノンの投与により内耳に熱ショック応答が誘導され, 老人性難聴モデルマウスの難聴が抑制された. 一方では, メタボリック症候群モデルマウスの難聴に対しては, カロリー制限を行うことで, 内耳血管障害を抑制し難聴の進行を予防できた. これらの結果は, 今後ヒトの老人性難聴を予防する方法を検討する上で重要な知見である.
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