近年, 哺乳類 (モルモット) の内耳に関するすぐれた研究が多い. とくに内リンパ液の生化学的な仕事, 蝸牛の電気生理学的研究は, 特筆に値する事実を明らかにした.
これらにより, 聴覚機構は, かなり, 説明されてきたが, なお, その相関が充分説明されていないものがある.
すなわち, 内リンパ液は, pars superiorとpars inferiorにおいて殆んど同じ様な高カリウム値を有するが, その電位は, 蝸牛管においてのみ高く, pars inferiorにおいては低い.
従って, 内リンパ液の高カリウム値と, 内耳の電位, あるいは, 聴覚とは, 必ずしも相関関係はないと考えられる.
系統発生的にみると, 蝸牛部の電位は, 両棲類, 鳥類, 哺乳類と蝸牛の形態の進化とともに高くなる.
この際の, 内リンパ液の電解質の組成の比較生化学的研究はない.
以上の様な観点より, 聴覚の未発達の動物の内耳液について次の様な生化学的検討を行なった.
(1) 魚類内リンパ液の電解質構成.
(2) 魚類内リンパ液の蛋白質について
実験対象は, 魚類の中で, 比較的高等な硬骨魚 (フナ) を用いた.
〔実験方法〕血清約2ccを心耳より採取後, lagenaより内リンパ液を採取した.
1側より1回の採取量は1.5~3.0mgである. 試料をParkin-Elmerのatomic absorption spectrophotometerでNa, Kを測定した.
蛋白質の定性には, ディスク電気泳動法を用いた. 試料は1回100~140mg用いた.
〔実験結果〕魚類 (フナ) の内リンパ液のNaは83.08±15.70mEq/L, Kは112.22±8.64mEq/L.
血清は, Na 124.0mEq/L, Kは1.9mEq/Lであり, 内リンパ液の高カリウム値は, 哺乳類ほど著しくないが, 血清に比較すれば, 大変高い特異的な値である. 従って, 内リンパ液のカリウム値は, 聴覚の進化とともに高くなると考える.
魚類の内リンパ液の蛋白質含有量は, 哺乳類内リンパ液と同様, 著しく低く恐らく, 脳脊髄液とともに, 生体の体液中, 一番低い蛋白質含有の液であると考えられる.
魚類の血清のディスク電気泳動像は, 哺乳類の血清と異なり, 易動度の低いglobulinに最大の分画を認める. 一方, 内リンパ液は哺乳類に似て, 易動度の高いpre-albumin, albuminのところに分画を認めた.
以上より, 魚類 (フナ) の内リンパ液は, 哺乳類の内リンパ液と似た電解質構成, 蛋白質構成を示しており, 血清とは異なる.
魚類と哺乳類両者の血清と, 内リンパ液の間にはblood-endolymph barrierが考えられる. 内リンパ液は, 血清とは異なった, 自動性をもって分泌される体液であり, 内リンパ液の上記特異性は, 聴覚と密接な関係があり, また, 以上の様な成績より, 魚類の聴覚の存在も, 確実と考える.
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