内視鏡検査は診断,治療のみならず,研究上にも重要な資料を提供する.その土台となるのは,内視鏡所見の正確な把握,認識,解釈である.内視鏡検査は形と色の微妙な違いを捉え,それに何らかの解釈を加えて判断を進めるので,検者の注意力,主観の入る余地が大きい.ヒトの視覚は一定の認知パターンの元に対象をみて,それに沿ってかなり柔軟に対処して対象を把握するが,視野にある物は無意味な集合でなく,積極的に意味を見つける方向で認識し,それに沿って,何かにまとめてみている.早期胃癌IIcの内視鏡像の把握などでは,既存の知識との照合が無意識に行われ,多数の症例の経験があれば,その認識は容易であるが,経験の無い人には診断出来ない.
ある形を知覚するときは,その部分は他の領域とは分離して見え,この領域を図といい,背景となるのが地である.図は一定のまとまりと形を持ち,地はまとまりあるいは形が無い.対象を見て図を認知するには文化的背景,学習事項,関心,期待等々が反映し,同じものをみても見えるものが違ってくる.これには当然ながら過去の経験,身構え,期待等々が関連する.内視鏡検査ではよく見ることが強調されるが,よく見るとは,どの情報を選択して見るかが関連し,予想,既習の学習などが影響する.
内視鏡像は二次元の画像であるが,周知のごとく早期胃癌では,とくに皺襞先端の中断,やせ,こん棒状の膨らみなどが決め手になる.いずれも立体としての所見であるが,われわれは特に意識せずにこれらを正しく判定している.4型進行癌のごとく病変が非常に広いと,病変の存在は分かりにくく,周囲とは突然の変化があった方が分かりやすい.内視鏡の視野角は非常に広く,近いものは大きく,遠いものは極めて小さく見える.距離によるこの違いを考慮しないと判断を誤る.
さらに錯視が大きな誤りをもたらす.このため反転法で胃体中・上部を見た時は錯視も加わって病変の位置,大きさの判定を誤り易い.また視方向による見え方の違いもある.たとえば斜め方向と正面視では所見の表れ方に大きい違いがある.
色とは光によって呼び起こされた感覚で,光そのものではない.物の色は特定の照明条件のもとで表れ,光源が異なれば見える色は変わってくる.電子スコープでの色調,光沢感とファイバースコープのそれとは違うが,実際には,ヒトの目は順応の為この違いをあまり意識せず,同じ様に認識している.さらに色の感覚は周辺の色にも影響され,赤は前進し浮き上がり,青色は後退し遠くに見える.病変の深さの判定に注意を要する点である.さらにヒトの注意力,観察力には限界があって,しかも疲労による低下がある.また人の視覚記憶は極めて不正確で,しかも見た時の暗示が強く働き,視覚の記憶も極めて頼りない.内視鏡の観察力を高め診断精度を上げるには,画像記録を十分行って,あとから再検討できるだけの記録を残し,それについて再検討する必要がある.特に写真記録の検討は,診断学の将来の発展,疾患の進展,経過,その相互の関連を追求するのに欠かせない.なお内視鏡検査には意外に盲点がある.視覚記憶の曖昧さの認識と共に,人の注意力,観察力には疲労による限界があることも知っておく必要がある.
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