2020年9月,長野県畜産試験場で,18カ月齢の黒毛和種肉用去勢牛1頭が急性の呼吸器症状を呈し死亡した.剖検では,肺全体が暗赤色化しており,間質性気腫を認めた.細菌学的検査では,肺病変部からグラム陽性球桿菌が分離された.病理組織学的検査では,化膿性線維素性肺炎が認められた.分離株は生化学性状検査でStreptococcus suis(S. suis)と判定されたが,S. suis 及びその近縁種に特異的なPCRでは菌種を同定することができなかった.そこで,16S rRNA遺伝子解析を実施したところ,既知の菌種には属さないレンサ球菌であることが判明した.本分離株と同一菌種と思われる菌による肺炎症例の報告はないため,本報はこの未知のレンサ球菌による牛の肺炎の初めての報告事例である.
岩手県内の黒毛和種牛飼養農家で,24日齢の子牛が下痢及び哺乳欲低下を呈し,予後不良となった.剖検では,前胃及び第四胃に腐敗酸臭を伴う灰色泥状内容の貯留がみられた.組織学的に,食道及び前胃の粘膜は肥厚し,上皮細胞の変性,壊死及び錯角化,好中球の浸潤並びに出血が認められた.病変部には多数の酵母様真菌及び仮性菌糸がみられた.免疫組織化学的検査並びに第一胃及び直腸の内容由来分離菌の生化学的性状検査及び分子生物学的解析の結果から,この真菌はPichia kudriavzevii と同定された.また,第一胃内容のpHの低下及び乳酸濃度の著しい上昇が確認された.本症例はP. kudriavzevii による子牛の消化管真菌症と診断され,その誘因としてルーメンアシドーシスの関与が疑われた.牛において,P. kudriavzevii の消化管真菌症を確認した初の報告である.
ドングリによる中毒の診断に資するために,ドングリに含まれる総ポリフェノール(TPPs)の簡便,迅速な抽出手法を開発した.含水アセトンで振盪する本手法は高速溶媒抽出法(ASE)に匹敵する回収率であった上,再現性が高く,簡易であり,十分診断に応用できるものと考えられた.また,この手法でマテバシイのドングリのTPPs濃度を定量したところ,未熟果は熟果よりも有意に濃度が高かった.
猫α1酸性糖蛋白(fAGP)検査の滲出型猫伝染性腹膜炎(FIP)の診断に対する有用性を知るために,腹水または胸水の貯留を伴い,ウイルス学的にFIPと診断された猫(FIP群)112例と否定された猫(非FIP群)101例の血清中fAGP値(μg/ml )を測定した.FIP群の値(2,571±590)は非FIP群(1,061±836)に比べて有意に高く(P<0.05),正確度を表すc統計量が0.917と高い値であり,本検査の有用性が示された.FIP群において1歳未満のfAGP値(2,671±608)が1歳以上(2,360±429)に比べて有意に高く(P<0.05),さらに猫コロナウイルス抗体価の低い例ほどfAGP値が高い傾向を示した.これらの知見から,判定基準の設定には年齢や抗体価等の条件を考慮する必要があると思われた.
元気食欲が消失した犬2頭が緊急来院し,心臓超音波検査所見から右心耳原発血管肉腫に起因する心タンポナーデを疑った.両症例とも心囊水を抜去し心膜及び右心耳切除を実施した.1例は疑診と異なり混合細胞性心膜炎及び心外膜炎と病理診断され,経過を踏まえ特発性収縮性心膜炎と最終診断した.1例は術前診断と同じ血管肉腫と診断された.収縮性心膜炎の犬は急速に回復し術後1126日現在も経過良好だが,血管肉腫の犬は術後にドキソルビシンを中心とした化学療法を行うも,皮膚,胸壁,右心室に転移病巣を形成し術後177日に死亡した.心タンポナーデは治療や予後が異なるさまざまな疾患に起因するため,慎重な診断が求められる.また,画像検査の限界や病理組織学的検査の重要性を理解し,外科的診断や治療を適応すべき症例を適切に選別し,時に積極的に行う必要がある.
ミニチュアダックスフント(以下MD)は上顎犬歯部の歯周病による口腔鼻腔瘻の好発犬種であるが,その進行パターンについては未だ不明である.今回,歯科処置時に上顎犬歯口蓋側の歯周ポケットが4mm以上ある症例,及び口腔鼻腔瘻が確認された症例を対象に回顧的研究を行い,MDと他犬種の歯科X線検査における上顎犬歯側面像の所見を比較した.その結果,歯周ポケット深度が同じ区分において,MDは他犬種よりも犬歯近位及び遠位の歯槽骨吸収像が少なく,吸収部位の吻尾方向への広がりが少ないと考えられた.また,MDは口蓋側方向の吸収程度を反映するホワイトラインの明瞭割合も高いことから,口蓋側方向への広がりも少ないと考えられた.以上より,MDの上顎犬歯部歯周病の進行は,水平吸収よりも口蓋側の垂直吸収が大きく進行する特徴を有すると考えられた.
豚熱は2018年9月,わが国で26年ぶりに発生し,野生イノシシ集団に感染拡大した.本研究は,野生動物であるがゆえに正確な発生数が計測できない悪条件を克服し,野生イノシシ集団における豚熱ウイルスの伝達性を把握するために実施された.2018年9月~2019年2月の野生イノシシ豚熱PCR検査結果を岐阜県,愛知県,三重県のホームページから入手した.記述疫学では,調査3県にまたがる豚熱の地理的拡大と岐阜県におけるPCR検査陽性率の推移を観察した.感受性(S )─感染性待ち期間(E )─感染性(I )─回復期(R )モデルにより,岐阜県における週ごとの検査陽性率がベータ分布に則ることを仮定し,マルコフ連鎖モンテカルロシミュレーションによりモデルのパラメータを導出し,基本再生産数(R0)を計算した.解析の結果,感染性期間は100~145日間と長く,R0は4.2~5.1と推定された.本解析には死亡と出生を含む個体群動態と生息密度が考慮されておらず,今後野生イノシシのフィールドデータに基づく詳細な解析が望まれる.
食道重複囊胞に罹患した46日齢の肉用出荷鶏の1例を病理学的に検索した.長径4cmの楕円球の囊胞が,腺胃と連結する食道下部に密着して同領域を圧迫していた.囊胞は単房性で,内腔に化膿性滲出物を混じた粘液を満たしていた.組織学的に,囊胞壁は被覆上皮,粘液腺を含む上皮下結合組織,2層の平滑筋及び線維性被膜により構成され,被覆上皮は重層扁平上皮であった.得られた成績から囊胞は食道あるいは嗉囊に類似する粘膜により内張りされていることが示唆された.囊胞は潰瘍形成を伴う化膿性炎を併発していた.本例は鶏の食道に密着した囊胞性病変の鑑別診断に食道重複囊胞を考慮すべきであることを示唆する.