シグマ(σ)受容体の機能を電気生理学的研究による知見を基に概説する.現在,合成されている薬物はσ受容体に対する作用様式が確立していないのでσ受容体リガンドとして記載する.中脳辺縁系ドパミン(DA)神経系において,(+)SKF10,047(N-アリルノルメタゾシン)は腹側被蓋野のDAニューロン発火を亢進する.一方,黒質のDAニューロンに対してN,N'-
di(o-tolyl)guanidine(DTG)などは自発発火を抑制,逆にBMY-14802([alpha-(4-fluorophenyl)-4-(5-fluoro-2-pyrimidinyl-1-piperazine butanol])は発火を亢進するなど,全身投与したσ受容体リガンドはDAニューロンに対し,一定の効果は見られていないようである.小脳プルキンエ細胞の自発発火は局所投与されたDTGなどによって抑制される.この作用にはカテコールアミン神経系の関与が示唆されており,運動系に対するσ受容体リガンドの作用を説明するものと考えられる.海馬CA3野ニューロンのin vivo記録においてSR31742A([
cis-3-(hexahydroazepin-1-yl)1-(3-chloro-4-cyclohexylphenyl) propene-1, hydrochloride])やハロペリドール(σリガンド:Hal)の全身投与によって自発発火は抑制される.海馬切片においては,(+)SKF10,047はバースト状の活動を抑制する.また,高濃度(1mM)のDTGはCA1野集合活動電位をほぼ完全に抑制する.一方,我々の研究では,新規σ受容体リガンドのOPC-24439((m-(p-chlorobenzyloxy)-N-cyclopropylmethyl-N-methylbenzylamine hydrochloride)(1-100 μM)がCA1野の集合活動電位を抑制する.in vivoで局所投与したNMDAによる単一海馬CA3野ニューロンの発火亢進に対して低用量のDTGなどの投与はHal感受性に増強作用を示すが高用量では無影響であり,用量作用関係はベル型となる.Non-NMDA受容体を介する発火には影響しない.一方,NMDA反応に無効なσ受容体リガンドもある.また,CA1野および苔状線維破壊後のCA3野においては(+)-ペンタゾシンのみが増強作用を示す.これはDTGなどが苔状線維終末に働くことを示すと思われる.σ受容体に高い親和性をもつニューロペプチドYの局所投与はCA3野におけるNMDA誘発反応をHal感受性に増強する.ニューロステロイドのデヒドロエピアンドロステロンもHal感受性にNMDA反応を増強する作用を示す.逆にプロゲステロンは増強に拮抗作用を示す.培養ニューロンのホールセル記録でのNMDA誘発内向き電流は比較的高濃度のDTGなどによって用量依存性に抑制される.しかし,Non-NMDA反応に対する抑制はわずかである.これらの結果からσ受容体リガンド(内在性物質も含む)はNMDA受容体に対し2相性の作用を持っており,σ受容体リガンドの学習・記憶調節作用および虚血時などにおける神経細胞死の保護作用との関係が示唆される.他に,海馬培養ニューロンにおいてCa
2+チャネルの抑制が報告されている.また,NCB-20細胞においてはα
2チャネルの抑制作用(結果として細胞の興奮)がσ受容体リガンドの作用として観察される.このようにσ受容体は精神機能やシナプスの可塑性などに関係するニューロン活動を多様に調節することが示されてきているが,なお十分な成績は得られていない.
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