日本薬理学雑誌
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148 巻, 6 号
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特集 日本製薬企業に於けるトランスレーショナルリサーチの現状&課題
  • 劉 世玉, 中出 進
    2016 年 148 巻 6 号 p. 290-295
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/12/01
    ジャーナル フリー

    近年,新薬創出のための研究開発投資が上昇を続ける一方で,上市される新薬数は横ばいあるいは低下傾向にあり,新薬1品あたりの開発コストの上昇,研究開発の生産性低下が問題となっている.研究開発の生産性を高めるため,各社はイメージングやゲノムバイオマーカーの利用など新たな技術の活用に取り組むと同時に,イーライリリー社のコーラスに代表されるような早期にPOC(proof of concept)を確認するための研究開発モデルの構築に力を入れている.POC確立と関連深い要因として,ファイザー社は曝露/応答の関係性の理解,アストラゼネカ社はバイオマーカーおよび標的と疾患の遺伝的関係性の有無などを挙げている.また,ノバルティス社は遺伝的背景が均一な疾患を対象にPOCを早期に確認する戦略を取り入れている.これらのことは,トランスレーショナルリサーチにおいて,曝露/応答(バイオマーカー)の関係性の理解が重要であること,さらに標的と疾患に遺伝的関係がある場合に効率的な医薬品開発につながりやすいことを示唆している.もう1つトランスレーショナルリサーチの重要な側面として,開発早期の必ずしも情報が十分でない中で如何にGo/No-Goを判断するかという意思決定の難しさが存在する.それらを踏まえて筆者らはトランスレーショナルリサーチを展開しようとしているが,試行錯誤の日々である.意思決定の難しさもさることながら,標的分子と疾患のギャップを如何に埋めるかが重要な課題である.近年膨大な遺伝子情報の利用が可能となりつつあり,それらの情報をトランスレーショナルリサーチにおいて上手く活用することが,そのギャップに対抗し,ひいては企業競争力を確保する手段となりうると期待される.

  • 藤田 優史, 花田 雄一, 佐山 裕行, 稲見 真倫, 藤村 高穂, 須藤 勝美
    2016 年 148 巻 6 号 p. 296-301
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/12/01
    ジャーナル フリー

    トランスレーショナル研究(translational research:TR)は,前臨床における基礎研究成果を臨床における患者治療に直接的かつ効率的に結びつける医学研究の一分野である.製薬会社における新薬研究開発の観点においてTRは,標的分子の理解と確信を高め,新薬候補物質(低分子,バイオロジクスなど)の作用機序及び薬理作用の検証(proof of mechanism/pharmacology:POM/POP),治療概念の実証(proof of concept:POC)をより早期に取得するための取り組みである.TRにはいくつか鍵となる方法・手段があるが,中でもバイオマーカー,バイオイメージング,トランスレーショナルPK-PD(pharmacokinetics-pharmacodynamics)解析,医療ビッグデータ解析などが重要となってきている.バイオマーカーの活用はTRの最も重要な手法であり,POM,POPあるいはPOCの取得,及び患者層別化などに用いられる.バイオイメージングは実験動物とヒトにおいて同じ方法により,薬物動態(PK),薬力学(PD),及び薬効の評価がより低侵襲で実施可能である.トランスレーショナルPK-PD解析は,前臨床のPKとPDの結果から,臨床の用法用量を予測するために用いられる.医療ビッグデータの解析に関しては,電子カルテなどの医療データと遺伝子情報など他のデータと組み合わせることにより,新たな創薬標的分子,及び患者層別化バイオマーカーの同定などが可能となってくる.さまざまなTRの方法・手段を組み合わせて駆使することにより,前臨床から臨床への橋渡しを効率化し,さらには患者セグメントを特定する精密化医療(Precision Medicine)へ貢献することを目指している.

  • 水戸 誠二, 酒井 正樹, 鈴木 將之
    2016 年 148 巻 6 号 p. 302-304
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/12/01
    ジャーナル フリー

    医薬品の研究開発費が増大すると共に開発難易度も上昇し,医薬品産業の生産性は大きく低下している.この課題の解決策の1つとしてバイオマーカーの活用が模索され,実際にバイオマーカー利用例は増加している.医薬品の臨床開発において適切にバイオマーカーを活用するためには,適応疾患に関する,リスク因子,発症,病態,診断,進展並びに寛解などを繋ぐ分子パスウェイを理解することが前提となる.薬剤応答性バイオマーカーを用いて,標的組織への薬剤暴露,標的分子への結合,標的下流への薬理学的作用並びに臨床エンドポイントとの関連性に関する情報を得ることは,開発初期における作用機序の証明や,次相に進むかどうかを判断するための重要な根拠となる.また,薬剤応答性バイオマーカーの反応と薬物暴露との関係は,有効用量の決定や次相の臨床試験における用量設定に重要な情報を与える.しかしながら,臨床試験にバイオマーカーを実装するにあたっては,バイオマーカーとしての適格性や測定法バリデーションなどの課題にも留意する必要がある.個々のバイオマーカーは臨床的なエビデンスに基づき,臨床適用上の適格性が異なる.一方,測定法バリデーションに関しては,“Fit for purpose”という考え方,すなわち,バイオマーカーの用途に応じて,測定法の頑健性に関する要求水準を変えるべきという考え方が一般に受け入れられている.もちろん,プロジェクトチーム内でのバイオマーカーの活用戦略の共通理解が重要なことは言うまでもない.最後に,公知情報やデータベースを活用してのバイオマーカー選定プロセスを,乾癬患者を対象とした当社開発品の臨床試験を例にして紹介する.

特集 少子高齢化に向けた革新的なイノベーションと薬理学
  • 小田口 浩
    2016 年 148 巻 6 号 p. 306-309
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/12/01
    ジャーナル フリー

    我々北里大学を中心としたグループはビジョン主導型の研究開発支援プログラムであるセンターオブイノベーション(COI)プログラムの拠点として活動しているが,その内容を紹介する.我々のグループは「安全高品質な漢方ICT医療を用いた未病制御システムの研究開発拠点」として,高齢者を含めた全世代において漢方を用いて未病制御が可能となる社会,具体的には医療機関における「漢方ドック」や家庭で健康チェックが可能な「漢方ヘルスアドバイザー」が普及し,手軽に未病診断を行える社会,そして未病治療に使用される生薬がより安全かつ安定的に供給されるべく,現在約10%の生薬国内自給率が大幅に上昇している社会を目指す.このためにまず,漢方診断を標準化(漢方診断ロジックの形式知化・漢方医学的所見の客観化)し,科学的根拠に基づく漢方医学情報プラットフォームを作成することが必要であると考え,6大学(千葉大学,自治医科大学,東海大学,富山大学,福島県立医科大学,北里大学)の漢方診療部門責任者からなる漢方診療標準化プロジェクトコアメンバーを形成し,臨床データを大量に集積して解析することで暗黙知とされている漢方診断ロジックを形式知化し,また,舌診,脈診,腹診それぞれについて,主観に頼っている漢方医学的所見をセンサーを用いて客観化することとした.次いで生薬国内自給率上昇のためには農業関係者,生薬業者,地方自治体に栽培の指標を与える必要があると考えている.このためNMRメタボロミクス解析などの手法を用い,伝統的な視覚/嗅覚/味覚による手法に頼りがちな品質評価を客観化する技術や品質ランキング技術の開発,真贋識別技術の開発,品質評価基準値の設定などを通じて生薬品質保証体制を確立することにしている.

  • 河野 麻実子, 田中(東) 幸雅, 釜口 良誠, 田川 大輔
    2016 年 148 巻 6 号 p. 310-314
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/12/01
    ジャーナル フリー

    少子高齢化先進国の我が国において,健康に年齢を重ねることは大きな課題となっており,未病段階でのケアがますます重要となっている.加齢に伴い,消化管,循環器,関節,脳機能などに様々な不調がみられるようになるが,なかでも,消化管機能や筋力の低下により,高齢者では便秘を発症する人の割合が増えることがわかっている.また,加齢に伴い,腸内有用菌であるビフィズス菌が減少するなど,腸内環境が変化することも報告されている.シームレスカプセルは,医薬品や食品で,一般的に広く用いられる「硬カプセル(ハードカプセル)」や「軟カプセル(ソフトカプセル)」とは異なり,継ぎ目が無く直径0.5~8 mmのほぼ真球の形状をしている.このシームレスカプセルは,界面張力を利用した「液中滴下法」で調製され,皮膜に耐酸性,耐熱性,腸溶性等の性質を付与することが可能である.本技術を利用し,皮膜に耐酸性の性質を持たせ,腸溶性の機能を付与することで,胃酸に弱いビフィズス菌を,生きたまま腸へ届けることが可能となる.耐酸性かつ腸溶性シームレスカプセル化ビフィズス生菌をin vitro試験でpH 1.2模擬胃液中に2時間浸漬した後のビフィズス菌の生存率は,90%以上(非カプセル化ビフィズス菌の生存率は,0.0001%未満)であることが示されている.実際に,この腸溶性シームレスカプセル化ビフィズス生菌を摂取することによって,高齢者の便秘やQOLが改善することが明らかとなっており,また,血液透析患者においては,ビフィズス生菌の摂取による腸内環境改善に伴い,血液中のリン値が低下することも報告されている.このシームレスカプセルを用いる一種のドラッグデリバリーシステム技術が,日本の高齢化社会における革新的イノベーションとして,QOL改善に貢献できるように,検討を続けている.

  • 後藤 一寿
    2016 年 148 巻 6 号 p. 315-321
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/12/01
    ジャーナル フリー

    農林水産省で進める攻めの農政において,薬用作物の生産振興は重要な課題として位置づけられている.これまでも薬用作物は漢方の原料や入浴剤,ハミガキ粉,シャンプーなどの「薬用」製品の原料として活用されているが,これらの原料となる生薬の自給率は12%と極めて低い状況である.薬用作物の大半が中国からの輸入で,近年の需要増加を受けて価格が高騰し,入手困難な状況に陥っている.一方で,薬用作物の国内生産に目を向けると,センキュウやサフランなど高品質な国産生薬が生産されている.また,需要量の多い甘草の国産化など,挑戦的な取り組みが展開されている.薬だけではなく,食品用途としての活用,化粧品やシャンプーなどでの活用など新しい6次産業化のテーマとして薬用作物の栽培に注目が集まっている.一方で,農業経営における収益作物として薬用作物を位置づける場合には,以下のような課題が挙げられる.すなわち,1)国内薬用作物ニーズの把握,2)育種家・篤農家の技術の継承,3)生産者の育成,4)国内品種の育成,5)栽培技術研究,6)国産生薬サプライチェーンの確立・共創的コンソーシアムの設立,7)6次産業化などの新ビジネスの創造,8)政策的支援,9)技術開発の学際的融合である.特に産学官連携によるコンソーシアムで解決を図らなければならない課題は,生薬国産化へ向けた育種・栽培技術などの基礎研究および生産振興へ向けた政策研究であると考えられる.そこで本稿では,薬用作物市場の状況を概観した上で,農業における課題と解決策,新品種の開発と産業化の展開方策,コンソーシアムの概念紹介,薬用作物生産へ向けた課題と産学官連携コンソーシアムによる生産体制の構築について報告する.生産農家の経営的・技術的なニーズをきちんと把握し研究開発を進めるのはもちろんのこと,生薬市場の状況も見ながら最適な日本型生薬生産システムを構築することが重要である.

創薬シリーズ(8) 創薬研究の新潮流(9)
  • 舛屋 圭一
    2016 年 148 巻 6 号 p. 322-328
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/12/01
    ジャーナル フリー

    現在,臨床現場で使用されている薬剤は主に低分子と抗体医薬品であり,ペプチド医薬品(古典的ペプチド医薬品)はインスリンやリュープロレリンなど極めて限られた数の薬剤しか使用されていない.その理由は,主に古典的ペプチド医薬品には弱点が多く,創薬研究のツールとしては有用なものの,創薬研究開発の最前線では敬遠されてきた歴史がある.しかし,昨今の低分子医薬品創製の行き詰まり感と抗体医薬品におけるターゲット枯渇や経済合理性の問題を背景に,中分子医薬品として特殊環状ペプチドが脚光を浴び始めている.その主な理由は,①ペプチド一つ一つを化学合成しなくても生物学的評価を行えるシステム(in vitro selection)が確立された,②非天然型のアミノ酸を組み込んだ〝特殊ペプチド〟が容易に調製でき,低分子・抗体医薬品の長所を併せ持たせることが可能となった,からである.本稿では,特殊環状ペプチドがどのように創薬研究開発全体に貢献できるかを論じる.

新薬紹介総説
  • 小山 則行, 谷口 茂, 児玉 耕太郎, 遠山 治, 長谷川 広季, 仙波 太郎
    2016 年 148 巻 6 号 p. 329-333
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/12/01
    ジャーナル フリー

    エリブリンは新規の微小管ダイナミクス阻害薬であり,進行又は再発乳がんの治療薬として広く使用されている.進行又は再発悪性軟部腫瘍患者を対象にした海外第Ⅱ相試験では,主要評価項目である12週時無増悪生存率は脂肪肉腫患者にて46.9%,平滑筋肉腫31.6%,滑膜肉腫21.1%,その他の肉腫19.2%であった.国内第Ⅱ相試験では,脂肪肉腫及び平滑筋肉腫で60.0%,その他の悪性軟部腫瘍で31.3%であり,両試験において良好な有効性が確認された.海外第Ⅲ相試験では,主要評価項目である全生存期間はエリブリン群では13.5ヵ月であり,対照薬であるダガルバジン療法の11.5ヵ月に比べ有意な延長が認められた.エリブリンの延命効果は脂肪肉腫患者において特に顕著であり,エリブリンは15.6ヵ月,ダガルバジンは8.4ヵ月であった.主な副作用は好中球減少,白血球減少,貧血など従来の乳がんでの報告と同様であった.これらの結果よりエリブリンは2016年に,悪性軟部腫瘍に対する治療薬として国内承認を受けた.一方,非臨床研究においてエリブリンは,細胞分裂に重要な微小管重合を阻害し,in vitroにおける増殖抑制作用とin vivo(マウス)における抗腫瘍作用が報告されているが,さらに近年,腫瘍組織内の血流を改善しがんの微小環境に作用することも明らかになった.さらに,脂肪肉腫細胞にエリブリンを添加すると脂肪細胞分化マーカーMYLK,C/EBPβ,KIF23の発現が亢進し,平滑筋肉腫細胞では平滑筋細胞分化マーカーCNN1の発現亢進が認められたことから,分化誘導作用を有することが明らかになった.以上の結果よりエリブリンは,肉腫細胞の増殖阻害作用,腫瘍組織の血流改善作用に加え,肉腫細胞の分化誘導作用により悪性度を低下させた結果,抗腫瘍効果,延命効果を発揮していると思われる.今後は様々なタイプの肉腫の患者において,有用性の検証と延命メカニズムの解析が進められることが期待される.

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