糖尿病網膜症は後天性失明の主要な原因疾患であり,視覚障害原因の第一位を占める疾患である.この糖尿病網膜症の発症には網膜循環障害の関与が示唆されており,それに引き続く網膜虚血および低酸素状態が病態をさらに悪化させる.従って,糖尿病発症早期における網膜循環不全の改善が,糖尿病網膜症の発症および進行を予防あるいは遅延させるための有用な治療戦略となりうる.しかし日本においては,網膜脈絡膜循環障害に適応のある薬物はカリジノゲナーゼのみである.そこで我々は,独自に構築した小動物用in vivo網膜血管径計測システムを用い,新規網膜循環改善薬の探索を目標に,健常ラットおよび糖尿病をはじめとする病態モデルラットにおける網膜循環調節機構に関する研究を進めてきた.その結果,ラット網膜血管にはグアニル酸シクラーゼの発現が非常に少ないこと,また一酸化窒素(NO)による網膜血管拡張反応は,一部がシクロオキシゲナーゼ-1(COX-1)に由来したプロスタノイドの産生を介していることが明らかになった.NOによる降圧反応にこの機序の関与は認められないことから,網膜血管は他の血管床とは異なる特殊な拡張機序を有していることが示唆された.また,糖尿病早期のモデルラットでは,網膜血管の形態や網膜毛細血管密度に変化はないものの,アセチルコリン(ACh)の高コンダクタンスCa
2+活性化K
+(BK
Ca)チャネルを介した網膜細動脈の拡張反応が減弱することも見出した.これらの結果から,高血糖によるBK
Caチャネルの機能障害は,網膜血管機能異常をもたらし,糖尿病網膜症の発症に寄与していることが示唆された.従って,BK
Caチャネルの機能障害を抑制し,網膜循環障害を改善するような薬物は,糖尿病網膜症の発症や進行を予防する有用な治療薬となる可能性がある.
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