日本薬理学雑誌
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124 巻, 3 号
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ミニ総説「アルツハイマー病治療薬の現状と今後の展開」
  • 永井 康雄, 小笠原 愛智, Heese Klaus
    2004 年 124 巻 3 号 p. 135-143
    発行日: 2004年
    公開日: 2004/08/27
    ジャーナル フリー
    アミロイドβタンパク(Aβ)はアルツハイマー病(AD)の病理学的変化あるいは神経細胞死に関与していると考えられるが,その分子機序は不明である.そこで,Aβ1-40およびAβ1-42による細胞死誘導機序ならびにその抑制遺伝子の探索を行った.Aβ1-40によるSH-SY5Y細胞での細胞死ではタウとJNKのリン酸化が促進され,IGF-1によって抑制された.Aβ1-40の細胞死を抑制する遺伝子·タンパク質をヒト胎児脳cDNAライブラリーを用いて探索した.その結果,遺伝子BF5-1を見出した.BF5-1のC末端25個のアミノ酸配列はチトクロムCオキシダーゼサブユニットVIIb(COX-VIIb)のそれと同じであった.COX-VIIbの発現はAβ1-40の細胞死を促進した.またCOX-VIIbは正常群に比べAD脳で強く発現していることから,COX-VIIbはBF5-1に対してドミナントネガティブに作用している可能性が示唆される.一方,Aβ1-42による細胞死ではL-3-phosphoserine phosphatase(LPP)の発現の亢進が認められた.この発現はIL-11によって抑制され,細胞死も完全に抑制された.また,glutamateによる細胞死はD-serineの添加によって増強された.このことからAβ1-42による細胞死にNMDA受容体の過剰活性化の関与の可能性が示唆される.Aβ1-42による細胞死で発現が亢進される遺伝子としてp18AβrPを見いだした.この遺伝子発現はPC12細胞において,NGFによる分化誘導に抗して細胞死を促進した.この細胞死を抑制する遺伝子としてp60TRPを見いだした.p60TRPはADの海馬および頭頂葉皮質で発現が著明に低下しており,AD脳の細胞死に関与している可能性が考えられる.これらAβによる細胞死の抑制遺伝子·タンパク質の機能についてさらに詳細な検討が必要であるが,それらはADの解析や進行を抑制する治療薬の開発に有用と考えられる.
  • 加藤 武
    2004 年 124 巻 3 号 p. 145-151
    発行日: 2004年
    公開日: 2004/08/27
    ジャーナル フリー
    メマンチンは中等度,重度のアルツハイマー病(AD)の治療薬としてEUとアメリカで承認されている.メマンチンはMK-801やフェンシクリジン(PCP)と同じ非競合的NMDA受容体阻害薬であり,虚血が引き起こすグルタミン酸過剰放出による神経細胞死を防ぐ.これらの薬物はマグネシウムイオンと同じイオンチャネル結合部位に作用する.しかし,MK-801やPCPは統合失調症様症状を引き起こし,ADの治療薬としては使用されていない.メマンチンには類似の毒性はない.また,大脳皮質でのアセチルコリン放出は起きない.メマンチンとMK-801との相違の機構はまだ解明されていないが,メマンチンはマグネシウムイオンと同様に電位依存的にイオンチャネルへ結合し,解離するためと考えられている.今後メマンチンに関する基礎的,臨床的研究が進み,機構が解明されるであろう.
  • 塚田 秀夫
    2004 年 124 巻 3 号 p. 153-161
    発行日: 2004年
    公開日: 2004/08/27
    ジャーナル フリー
    アルツハイマー病(AD)に伴う痴呆症状の改善および進行遅延を期待して,様々な「抗痴呆薬」による薬物治療が試みられている.AD患者の脳では情報伝達機能を司る多くの神経伝達物質のうち,特にアセチルコリン(ACh)作動性神経が変性·脱落して,ACh合成酵素(Choline acetyltransferase: ChAT)の活性が著しく低下しており,このACh神経伝達の低下がADの痴呆症状に深く関与している事が示唆されてきた.その対処療法として「ACh補充療法」が1980年代から検討され始め,その中で最も注目されたのがACh分解酵素アセチルコリンエステラーゼ(AChE)の阻害薬である.古典的なAChE阻害薬であるフィゾスチグミンは,スコポラミン等のACh受容体アンタゴニストで低下した学習·記憶能力を改善することから,抗痴呆薬の候補化合物として期待されたが,その低い脳移行性と短い作用時間から医薬品にはならなかった.その欠点を克服して抗痴呆薬として最初に承認されたAChE阻害薬はタクリンであった.しかし,タクリンは肝機能障害を高頻度に引き起こし,長期連投が前提となる抗痴呆薬としては不向きである.その後,数々のAChE阻害薬の治験が試みられた結果,現在国内で臨床使用可能な治療薬としてドネペジルが登場した.この総説では,覚醒サルを対象にしてドネペジルを始めとするAChE阻害薬の薬理効果を,PETを用いて[15O]H2Oを用いた体性感覚刺激に対する脳血管の反応性,[11C]MP4Aを用いたAChE活性,[11C](+)3-PPBを用いたムスカリン性受容体結合を計測すると共に,マイクロダイアリシスを用いたAChの濃度,さらには行動評価まで総合的に評価した結果を例示して,PETの医薬品開発における可能性を検証する.
  • 杉本 八郎
    2004 年 124 巻 3 号 p. 163-170
    発行日: 2004年
    公開日: 2004/08/27
    ジャーナル フリー
    1970年代にD.M.Bowenらはアルツハイマー病(AD)患者の死後脳でコリン作動性神経の異常を報告した.彼らはAD患者脳の大脳皮質にアセチルコリン合成酵素(ChAT)活性が異常に低下していることを見出した.またE.K.PerryらはChAT活性の低下と記憶力減少とは相関すると報告した.これらの背景からコリン仮説が生まれた.コリン仮説には神経プレ側,ポスト側に作用して記憶を改善する方法があるが臨床研究で成功しているアプローチはアセチルコリンエステラーゼ(AChE)阻害作用に基づく方法が成功している.ドネペジルの成功は従来のAChE阻害薬とは全く化学構造が異なる点にある.4年間の探索研究は1000化合物の中から臨床上もっともバランスの良い化合物を選択できる道を与えてくれた.高い生体利用率に裏打ちされ1日1回投与を可能にした.動物実験ではAChEに対する高い選択性や優れた脳内移行性が副作用を軽減していることが考えられる.また厳密な治験活動がADAS-cogとCIBIC-plusの2つの臨床試験でプラセボと比較して極めて高い有用性を見出すことが出来た.AChE阻害薬はAD以外にレビー小体,脳血管性痴呆,偏頭痛,パーキンソン病による痴呆症などたくさんの可能性を検討している.また抗酸剤,女性ホルモンなどとの併用,そして最近,欧州と米国でAD治療薬として承認されたNMDA拮抗薬メマンチンは作用機序が異なることからドネペジルとの相乗効果などが期待されている.さらにドネペジル単独でも神経保護作用が報告されていて臨床で長期間投与したときのドネペジルの効果にさらなる検討を期待したい.またドネペジルがMCI(Mild Cognitive Impairment)に対して効果が確認されればAD予防薬の可能性がある.今後もAChE阻害薬は基礎実験と臨床試験の両面から可能性が検討されることを期待したい.
Review on New Drug
  • 泰地 和子
    2004 年 124 巻 3 号 p. 171-179
    発行日: 2004年
    公開日: 2004/08/27
    ジャーナル フリー
    塩酸デクスメデトミジン(プレセデックス)は,強力かつ選択性の高い中枢性α2アドレナリン受容体作動薬である.α2アドレナリン受容体作動薬は,鎮静および鎮痛作用,抗不安作用,ストレスによる交感神経系亢進を緩和することによる血行動態の安定化作用等,広範な薬理作用を示す.本薬はラット大脳皮質における受容体親和性試験において,α2アドレナリン受容体に対して高い親和性と選択性を示し,α2受容体への親和性はα1受容体への親和性よりも約1300倍高かった.鎮静作用については,各種動物モデルで,用量依存的な自発運動量の低下,正向反射の消失,鎮静スコアの増加がみられた.鎮痛作用についても,各種動物モデルで,用量依存的な痛みからの逃避潜時延長作用がみられた.本薬の鎮静作用に関する作用部位は青斑核であると考えられ,本薬を青斑核内投与することにより,ほぼ全例で正向反射の消失が認められた.また,α2A受容体変異マウスにおける成績より,本薬の鎮静作用はα2A受容体サブタイプを介して発現することが示唆された.本薬は,ほとんどが肝代謝を受け,血中から速やかに消失する.日本において実施された第II/III相多施設共同プラセボ対照二重盲検ブリッジング試験では,胸部·上腹部の手術後,集中治療室に収容された患者を対象とし,有効性および安全性を検討した.鎮静作用については,挿管中に治療用量のプロポフォール(>50 mg)の追加投与を必要としなかった症例の割合を有効率として算出し,本薬投与群で有意に高かった(本薬群:90.9%,プラセボ群:44.6%).鎮痛作用については,挿管中にモルヒネの追加投与を必要としなかった症例の割合を有効率として算出し,本薬投与群で有意に高かった(本薬群:87.3%,プラセボ群:75.0%).有害事象については,本薬群で高血圧および低血圧が主なものであった.
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