日本薬理学雑誌
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141 巻, 5 号
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創薬標的1分子の姿を捉える―静止画から動画へ―
  • 相馬 義郎, 山下 隼人
    2013 年 141 巻 5 号 p. 230-234
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/05/10
    ジャーナル フリー
    ABCトランスポーターのメンバーであるCystic Fibrosis Transmembrane conductance Regulator(CFTR)は,呼吸器および消化管上皮の管腔側膜に発現して陰イオンチャネルとして機能し,分泌・吸収機能における中心的役割を果たしている.CFTRの機能不全は,白人種に多く見られる致死性遺伝疾患・嚢胞性線維症Cystic Fibrosis(CF)をはじめとし,慢性膵炎やCOPDなど多くの呼吸器および消化器疾患の病態への関与が示唆されている.CFTRは,ABCトランスポーターに共通したATP加水分解機構によってチャネルゲートが開閉し,その活性はPKAによるリン酸化によって制御されている.このCFTRの病因性変異体の活性増強薬の開発のために,CFTR分子の構造・機能および作動メカニズムの解明の研究が,特に欧米を中心に精力的に行われてきた.現在まで,CFTRを含めた様々な創薬標的分子のメカニズムの研究には,電気生理学等による機能測定と結晶構造に基づいた構造モデルの分子動力学シミュレーションを組み合わせたアプローチがとられてきたが,この手法で得られるチャネル分子等の機能発現に伴う連続的な構造変化-動態についての情報は,あくまで類推に過ぎない.しかし,最近,タンパク質1分子の動態を電子顕微鏡レベルの空間分解能とビデオレートに匹敵する時間分解能での直接観察を可能にする高速原子間力顕微鏡(高速AFM)が開発された.この創薬標的分子の作動中の動態を動画として直接観察できる強力な1分子測定法の登場により,創薬標的分子の立体構造(静止画)を用いた薬物設計「構造ベースドラッグデザイン」をさらに発展させた創薬標的の分子動態の直接観測(動画)に基づいて薬物設計を行なう「分子動態ベースドラッグデザイン」の今後の発展が期待される.
  • 山下 敦子
    2013 年 141 巻 5 号 p. 235-239
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/05/10
    ジャーナル フリー
    結晶構造解析で得られるタンパク質の姿は静止画像であるが,各機能状態の構造をそれぞれ捕らえることで,タンパク質の作動機構をコマ送りの動画のように理解することが可能である.最近は,創薬標的分子をはじめこれまで構造解析が困難だったタンパク質についても,様々な工夫により複数の異なる機能状態での結晶構造が明らかになってきており,それらの蓄積された構造情報がより深い作動機構の理解に大きく貢献している.
  • 佐甲 靖志
    2013 年 141 巻 5 号 p. 240-244
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/05/10
    ジャーナル フリー
    細胞内蛍光1分子計測技術を用いて,heregulin(HRG)受容体(HRGR)の分子間相互作用計測を行った.HRGRはErbB familyに属するチロシンキナーゼ型膜受容体で,細胞分化の情報処理に関与している.蛍光1分子計測技術を用いると,蛍光標識したHRGと受容体の結合・解離反応を計測し,分子反応のキネティクスや分子運動のダイナミクスを定量的に知ることができる.HRGRの活性化過程においては分子の2量体化が必須であることが生化学的に示されてきたが,リガンドの結合と受容体の2量体化の関係,さらに親和性の異なるリガンド結合部位の形成機構などは,これまでよく分かっていなかった.1分子可視化計測法の応用により,このリガンド-受容体システムが分子間相互作用に従って動的に性質を変える複雑系であること,それによって,高速・高感度な情報受容が可能になっている一方で,形成された情報伝達2量体は直ちに解消されることなど,極めて動的な細胞情報処理の様相が明らかになってきた.
  • 佐藤 主税, 西山 英利, 須賀 三雄, 佐藤 真理, 海老原 達彦
    2013 年 141 巻 5 号 p. 245-250
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/05/10
    ジャーナル フリー
    水溶液中で観察可能な大気圧電子顕微鏡ASEMを用いて,迅速な免疫電顕法を開発した.ASEMは原子にして数百個厚の薄膜によってサンプルと電顕カラムの真空とを隔離することで,膜越しに水中のサンプルを高分解能観察する.サンプルは開放型ディッシュ内の水環境で観察されるため,抗原性がよく保たれ免疫電顕に優れている.サンプル調整には,疎水処理を伴う複雑な過程が不要であり,ディッシュ内の細胞培養液を固定液や抗体溶液と交換するだけで迅速に標識できる.ASEMディッシュの電子線透過薄膜はpoly-l-lysine(PLL)など様々なコーティングが可能で,さらに3 mlの培地による安定な培養環境を実現し,神経細胞初代培養など多様な培養を実現した.倒立SEMは加速電圧が30 kVではディッシュ底の膜越しに細胞基部2~3 μmを観察でき,複雑に立体分布する分子の観察に有利である.分解能は8 nmである.上からは光学顕微鏡が,同じ視野をカバーしてSEM観察ガイドとして働く上に,correlative microscopeとして蛍光との相関観察ができ,分子の共局在から複合体形成を検出できる.金による免疫ラベルによって,様々な細胞で多様なタンパク質の局在をSEM観察した.神経細胞のシナプス形成において,繊維状アクチン(F-アクチン)や微小管などの細胞骨格の複雑なネットワークを高分解能で観察した.さらにはCRACアクティベーターのSTIM1が小胞体内Ca2+の濃度低下を感知した時には,分子どうしが一次元的に凝集することが高分解観察により判明した.迅速な免疫ASEM法では,多条件のサンプルを高分解能で比較することができ,タンパク質微結晶成長を直に観察できる.基礎生物研究のみならず,がんの術中迅速診断や病原菌の特定,さらにはバイオ分野のみならず,高分子化学,材料科学,物性研究など様々の分野への応用が期待される.
受賞講演総説
  • 小原 祐太郎
    2013 年 141 巻 5 号 p. 251-255
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/05/10
    ジャーナル フリー
    Extracellular signal-regulated kinase(ERK)5は1995年に発見されたmitogen-activated protein kinase(MAPK)ファミリーに属するセリン・スレオニンキナーゼである.ERK5の活性化機構とその生理的な役割についての研究は,同じMAPKファミリーに属しERK5と相同性を有するERK1/2の研究と比較して大きく遅れていた.しかし,近年,ERK5のリン酸化特異的抗体,キナーゼ阻害薬およびノックアウトマウスなどが普及したことから,ERK5に関連する研究報告は増加の一途をたどり大きく進展した.本稿では①ERK5阻害薬,②低分子量または三量体Gタンパク質を介したERK5の活性化機構さらに③神経細胞・グリア細胞におけるERK5の役割に関する最近の知見を筆者らの実験結果とともに紹介し議論する.
総説
  • 矢賀部 隆史, 宮下 達也, 吉田 和敬, 稲熊 隆博
    2013 年 141 巻 5 号 p. 256-261
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/05/10
    ジャーナル フリー
    野菜や果物は栄養学上「体の調子を整えるもの」として,ビタミン,ミネラルの重要な供給源であるが,これら栄養成分の他にも,ファイトケミカルと呼ばれる「健康によい影響を与える」化合物が微量含まれている.中でも,天然の色素であるカロテノイドは,経口摂取すると吸収,運搬され,様々な組織に蓄積する.カロテノイドは,そのプロビタミンAとしての作用や活性酸素を消去する抗酸化作用から,多くの疾病の予防や改善への効果が期待されてきた.本総説では,野菜や果物に含まれている主なカロテノイドである,リコピン,β-カロテン,ルテイン,ゼアキサンチン,β-クリプトキサンチン,カプサンチンについて,それぞれ特にエビデンスが蓄積し,予防や改善が確かになりつつある疾病への効果について,最近の疫学研究の成果を中心に紹介する.
実験技術
創薬シリーズ(7)オープンイノベーション(2)
  • 塚本 芳昭
    2013 年 141 巻 5 号 p. 268-274
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/05/10
    ジャーナル フリー
    日本の製薬産業は一定の競争力は有しているものの,特許切れ等の影響もあり技術貿易収支も2007年をピークに減少傾向にあるなど,総合的にみて国際競争力が低下傾向にある.その大きな原因はオープン・イノベーションへの取り組みが後れたことにあると筆者はみている.最近は日本の製薬企業でもオープン・イノベーションに舵を切る企業も増え,大学も技術移転体制を整備するなど個々に努力がなされてはきているが,オープン・イノベーションを推進するうえで製薬企業,大学,バイオベンチャー,ビジネスマッチングの社会基盤の面でそれぞれ課題を抱えており,先行する欧米に比べ大きく後れている.本稿では日本におけるオープン・イノベーションの進展状況をレビューするとともに,これらの課題についての対応策について検討している.特にビジネスマッチングの重要度が高まっており,その活用方法等について解説を試みている.
新薬紹介総説
  • 藤井 秀二, 村上 善紀, 原田 寧
    2013 年 141 巻 5 号 p. 275-285
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/05/10
    ジャーナル フリー
    抗TNF製剤は,リウマチ(RA)などの自己免疫疾患の治療に欠かせない薬剤となっている.ゴリムマブは,これまでの抗TNF製剤の優れた有効性を保持したまま,従来の抗TNF製剤において長期治療の障害になってきた抗薬物抗体の出現,投与部位反応,適切な投与間隔および複数の投与経路を有することなどの点を改善することを目標として開発されたヒト型抗ヒトTNFα抗体である.ゴリムマブは,抗体製剤としては,物理化学的な安定性に優れ,TNFαに対する強い親和性および中和活性を示した.また,ゴリムマブは IgG1のFc領域を有し,FcRnに結合するため体内での半減期が長く,また,Fcγ受容体に結合することから,インフリキシマブおよびアダリムマブと同様な生物活性を示すことが予想された.ゴリムマブのRAに対する海外臨床試験は,2001年から開始され,米国では2009年4月,欧州では2009年10月に承認された.日本での臨床開発は,2006年から第I相単回投与試験を開始し,第II/III相試験を経て2011年7月に承認された.これらの臨床試験において,ゴリムマブを4週間隔で皮下投与したときRAに対する症状および徴候の軽減,身体機能改善および関節破壊進展抑制効果が認められ,安全性も確認された.また,これらの臨床試験から,ゴリムマブはRAの疾患活動性に応じた投与量の選択が可能なこと,単剤でも使用できること,抗ゴリムマブ抗体の陽性率が低いこと,注射部位反応の発現率が低いこと,既存の抗TNFα製剤を使用していた患者にも有効性を示すことなどの特徴が明らかとなった.本稿ではゴリムマブのこのような特徴を紹介する.
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